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小堀佑介の勇気が生んだ必然のアップセット。 

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渋谷淳

渋谷淳Jun Shibuya

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photograph byKoji Tomita

posted2008/06/12 00:00

小堀佑介の勇気が生んだ必然のアップセット。<Number Web> photograph by Koji Tomita

 ボクシング界に新たなスターが誕生した。5月19日に行なわれたWBA世界ライト級タイトルマッチは、挑戦者の小堀佑介が、王者ホセ・アルファロに3回TKO勝ちし、王座奪取に成功。一つ下の階級を主戦場にしていたノーマークの日本人選手が、2回にダウンを喫しながら逆転勝ちしたのだから、インパクトは大きかった。

 日本が生んだ世界王者は50人を超えるが、世界的に層の厚いライト級を制した選手は、過去にガッツ石松と畑山隆則のわずか2人しかいない。中量級での世界王者誕生は、実に8年ぶりの快挙だった。

 勝利のお膳立てをしたのは、小堀と長年コンビを組む田中栄民トレーナーだ。年間最優秀トレーナーに与えられるエディ・タウンゼント賞を受賞しており、これまで東洋太平洋王者3人、日本王者6人を育て上げた実績を持つ。日本ボクシング界の名伯楽は、アルファロの映像を詳細に分析し、アップセットの可能性を見いだしていた。

 「アルファロのパンチは確かに小堀よりも強い。ただ、パンチを一発一発、強く振り抜く特徴があったんです。一つひとつのパンチに威力はあっても、回転(連打)は遅い。ここがポイントでした。小堀の回転力で勝負しようと考えたんです」

 強打が自慢のニカラグア人は力強い左ジャブと右ストレートが攻撃の軸だ。そこでアルファロのジャブ、あるいは右ストレートを狙って右を合わせ、続くブローが飛んでくる前にシャープな左フックを打ち込む。回転力で勝っているという仮説が正しければ、王者の2打目よりも挑戦者の左フックが先に当たる。小堀の得意とする左フックがヒットすれば、タフなチャンピオンとて立ってはいられまい、というハイリスクを覚悟した作戦を立てていた。

 これが見事にはまったのが3回の攻防である。練習で徹底的に磨いた左フックが「狙ったというよりも自然に」(小堀)出ると、アルファロは腰が砕けるようにダウン。立ち上がったところに連打を浴びせてのフィニッシュは、試合前に描いていたシナリオそのものだった。

 言うまでもなく、どんなに素晴しい作戦でも、実行に移す力がなければ、机上の空論に終わってしまう。

 小堀には、世界王者となるにふさわしいだけの勇気が備わっていた。アルファロの空を切るアッパーは、もらえば間違いなくKOと感じさせる迫力があった。実際に強烈な右ストレートを被弾した小堀の左目下は紫色に腫れ上がった。それでも強打を恐れず、むしろダウン後にペースアップして打ち合う度胸があったからこそ、衝撃の逆転勝利を生み出せたのだ。

 素顔の小堀は激しいファイトスタイルとは対照的に、その茫洋とした風貌も手伝って、なんともつかみどころのない印象を与える。世界戦の数日前には、JR大塚駅前の商店街で不審者と間違われ、警官から職務質問を受けた。人前で話すのは大の苦手で、マイクを向けられると、だんだんインタビュアーのうしろに隠れてしまうほど。世界王者としての第一声は、聞き取れないような小声でボソボソと「うれしいです」。今後の目標を問われると、さんざん困った挙句に「帰って寝たいです」と答え、会場の爆笑を誘った。

 これで国内のジムに所属する世界王者はフライ級の内藤大助をはじめ、6人に増えた。小堀という個性的な王者が加わったことで、国内のボクシングシーンは活気づくに違いない。

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