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自由形3冠に輝いた柴田亜衣の成長。 

text by

井本直歩子

井本直歩子Naoko Imoto

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posted2005/05/12 00:00

 7月のモントリオール世界選手権の代表選考会を兼ねた競泳日本選手権が、4月21〜24日に行なわれた。

 アテネ五輪の翌年であり、北京五輪への元年である今シーズン。「ゼロからのスタートって、本当は言いたいんだけどさ」。久々にナショナルチームのヘッドコーチを任された鈴木陽二は、ぼそっと漏らした。

 ゼロから、というわけには当然いかない。アテネでメダル8個という輝かしい成績を収めたニッポン水泳は、モントリオールでもそれなりの結果を求められるからだ。

 嬉しいことに、ポスト五輪シーズンにありがちな「引退」「休養」はほとんど聞かれず、元気よく泳ぎ出した選手たちだったが、蓋を開けてみると、日本選手権の結果は全体的に低調だった。

 大会初日、エース・北島康介(コカ・コーラ)が200m平泳ぎで敗れ、世界選手権代表を逃す波乱。アテネ行きの切符を逃し涙を流した伊藤華英(セントラル)、中村真衣(JSS長岡)の代表復帰などの明るいニュースはあったが、記録的には、森田智己(セントラル)が50m背泳ぎで出した日本新くらいのもの。

 次の目標は3年後なのだから、「まあそう焦らなくても」と思えなくもないが、空虚感は否めない。

 そんな中で目立ったのは、柴田亜衣(チームアリーナ)だった。アテネでは800m自由形金メダルの快挙を成し遂げたが、今まで国内では勝ったことがなかった。それが一気に200、400、800m自由形の3冠。去年の勢いは衰えるどころか、急激に加速している。特に目立ったのは、初出場の200mでいきなり2分を切る日本歴代3位の好記録を叩き出したことだ。「今季はスピードつけようと、練習してきたんで。今日のレースは百点満点です」。でへへへ、といつもの笑顔で笑った。

 アテネ後、金メダルに慢心することなく、練習に励んできた。

 9月の学生選手権後、オフをとったが、練習再開は例年通り10月1日。柴田本人もそれを自然に受け入れた。モチベーションは高いままだった。

 「まだ日本記録を破っていない」

 「400mでも表彰台に」

 年内こそ表彰式などに明け暮れたものの、年明けからは一切の取材を断り続けた。4月、デサントに入社し、「泳ぐことが仕事」になったが、「あまりその辺を考えすぎてもよくないと思うので、考えてないです」

 練習環境も変わりない。指導する鹿屋体育大の田中監督は、金メダリストになった柴田を一切特別扱いしていない。「うちは大学のチームだから。卒業した柴田が残って一緒にやりたいなら、チームのやり方に従ってもらう。それができないなら、いらないから」ときっぱり。

 今までと何ら変わらない環境で、鹿児島で黙々と泳ぎ続けてきたのだ。

 真面目さも、八重歯を見せてはにかむ笑顔も、以前と少しも変わることのない柴田だが、変わったことが一つだけある。自信である。

 「負けたくない」

 「日本新を出して勝ちたい」

 以前の彼女からは聞かれなかった言葉がポンポン出てくる。積極的なレース展開からも、自信は窺える。

 「今までは山田(沙知子)さんと差がありすぎたので2番になればいいや、と思ってた。でも今は絶対に負けたくないと思うし、もっと上に行きたいと思う」

 金メダルの「もっと上」を見られることは、大きな武器である。“アテネのシンデレラ・ガール”の今後に注目だ。

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