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<日本代表の未来を担う男> 宇佐美貴史 「伝説を紡ぐ不敵な怪童」 

text by

佐藤俊

佐藤俊Shun Sato

PROFILE

photograph byKeita Yasukawa

posted2011/02/18 06:00

アジア杯での最終メンバー入りはならなかったが、日本代表の次世代エースと評される逸材がいる。本人が語る自らの生い立ちと関係者の証言から、18歳の“怪物”が秘める無限の可能性に迫った。

「貴史ねぇ……。俺は、今まであんな根性腐った、だらしのないヤツは見たことない。敬語は使わんし、スーツも腰パンやし、ネクタイもダラーっとしてる。練習終わってシャワーも浴びへんし、人のことボロカス言うからね。(高木)和道さんに普通に『死ねばいいのに』って言うてるし(苦笑)。でも、プレーは天才的やね。正直、あんなうまいヤツ、世界を見てもそうはおらんと思う」

 1月、オランダ・フィテッセに旅立った安田理大は、ガンバ大阪ユースの後輩・宇佐美貴史について愛情を込めて、こう評した。

 ガンバユース史上最高傑作と称される宇佐美は、これまで数多の記録を塗り替えてきた。

 ガンバ大阪では中3の時、飛び級でユースに昇格。'09年、高2の時にはユースから飛び級でトップに昇格した。これは、稲本潤一、新井場徹、家長昭博に次いで4人目だが、高2でのプロ契約は宇佐美が初めてだった。同年5月20日、ACLのFCソウル戦で公式戦スタメンデビューを果たし、17歳14日でガンバ大阪史上最年少出場、さらに最年少得点を記録。昨年は、'04年に森本貴幸が記録した高校生のシーズン最多得点(4点)を更新する7得点を挙げ、ベストヤングプレーヤー賞を受賞し、アジアカップの予備登録メンバーにも選ばれた。

 優勝したアジアカップは韓国戦、豪州戦と苦戦続きだったが、宇佐美がいたらもっと楽に試合を終わらせていたかもしれない。

「気づいたときにはボールが自分の遊び道具やったんです」

 まだ18歳ながら、すでに大物の風格を醸しつつあるが、宇佐美の過去を遡り、数々の伝説を聞けば、このぐらいの活躍はまだまだ序の口とさえ思ってしまう。

 宇佐美がボールに触れ始めたのは、はいはいを始めた1歳半の頃だった。

「それはたぶん、兄の姿を見て真似したんやと思う。うちは、遠藤3兄弟まではいかないですけど、長岡京市乙訓地域では宇佐美3兄弟って、まぁまぁ有名やったんですよ。長男はドリブラーで、次男は野性的なストライカー。その兄に洗脳されて、気づいたときにはボールが自分の遊び道具やったんです」

 3歳ぐらいになると宇佐美は、一人で公園に行き、ボールを蹴っていた。その際、母親も驚くような行動を取っていたという。

「オムツをしていると蹴る時に股のところが擦れるんですよ。だから、自分でオムツを取って『いらん』って、親に渡してた。親は、『オムツ渡されたのは兄弟で初めて。なんちゅう子や』って驚いてたらしい」

 ここから宇佐美伝説は、始まる。

<次ページへ続く>

【次ページ】 小1の時に小4、小2の時には小5のチームに飛び級。

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