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戸田和幸が語る代表デビュー戦秘話

posted2018/05/11 10:00

 
戸田和幸が語る代表デビュー戦秘話<Number Web> photograph by Kazuaki Nishiyama

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戸田和幸

戸田和幸Kazuyuki Toda

PROFILE

photograph by

Kazuaki Nishiyama

コンフェデレーションズカップ日本/韓国大会(新潟 新潟スタジアム)

日本 3-0 カナダ

 2000年のシドニーオリンピック本大会メンバーから外れ、僕は2年後に控える日韓ワールドカップ行きの列車から脱落しました。アンダーの世代からずっと同じコンセプトで戦ってきて、そのメーンの世代であるシドニーオリンピックのメンバーから脱落したわけですから基本的にその先のワールドカップを望める状況ではありませんでした。

 悔しかったです。“見返してやる”という気持ちでした。じゃあどう見返すのかと言えば自分の歩みのレベルを上げていくしかありませんでした。

 オリンピック翌年の2001年。所属する清水エスパルスでポジションがディフェンダーから中盤に変わりました。それもゼロックススーパーカップの1週間前から。やりたいポジションではなかったのですが、結果的にここが転機となりました。中盤にポジションを移したことで自分のキャリアが動き、視野が開けていったのです。

初先発を告げられての高揚感と不安。

 エスパルスで中盤にコンバートされて程なく、フル代表に呼ばれました。当時のフル代表の状況は3月にフランスに0-5と敗れていました。その翌月のスペイン遠征のメンバーに選出されたのです。しかしこのせっかくのチャンスを僕は活かせなかった。試合当日に39度の高熱が出てしまい、僕は試合を見ることなくホテルで一人、寝ていました。「ああ、終わったな」と思ったものです。なぜかフィリップ・トルシエ監督からは帰路の空港で、やたらと褒められました。練習に取り組む姿勢が評価されたのか分かりませんが、それでも次はないと思っていました。

 チャンスは再びやってきました。

 日本で開催するコンフェデレーションズカップのメンバーに選ばれたのです。グループリーグ初戦となるカナダ戦(5月31日、新潟)で先発に起用されました。

 先発を告げられたのが試合2時間半前のミーティングでした。トルシエさんはメンバーに最後まで緊張感を与えるためにスタメンを明かさず、気持ちを駆り立てるマネジメントが非常にうまかったと思います。フル代表初めての試合が先発です。試合に出られるという確信がなかっただけに、体温が一気に上がったことを覚えています。と同時に、不安に包まれていきました。

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