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男子バレー元エース33歳の新天地。
なぜ越川優はビーチに転向したか。

posted2017/12/12 11:00

 
男子バレー元エース33歳の新天地。なぜ越川優はビーチに転向したか。<Number Web> photograph by Makiko Nawa

屋内コートからビーチへ。越川の決断は何より、五輪への想いの強さからだった。

text by

市川忍

市川忍Shinobu Ichikawa

PROFILE

photograph by

Makiko Nawa

日本男子バレー界を長らくけん引してきた
エースがビーチバレーへと転向した。
再びオリンピックの舞台で勝負したい――。
新天地でもその熱意は変わらない。
Number臨時増刊号(2017年9月8日発売)の特集を全文掲載します!

 練習場である川崎マリエンに到着すると、更衣室で着替えてコートに移動する。シャワーも、更衣室も一般の利用者と共用だ。人工島に作られた施設の周辺は倉庫街で、コンビニエンスストアが一軒あるだけ。そのコンビニエンスストアで食事を調達し、エントランスホールのベンチで食べる。砂コートでの練習を終えると、1時間ほど車を運転して移動。ジムでトレーニングをするのが日課である。

 インドア時代は練習場所、トレーニング施設、食事など、選手が必要なものはすべてチームが用意してくれた。越川優が身を置く環境は、一変した。

 全日本男子バレーボールで北京オリンピックへの出場経験もある越川が、ビーチバレーボールへの転向を発表したのは今年の1月のことだった。

「今まで下した決断の、どれよりも迷いました。でも、やっぱりオリンピックで戦うことにこだわりたかったんです」

「スポーツの祭典じゃない。戦争だよって」

 越川は2008年、北京オリンピックに出場したときに見た光景と、味わった思いを、9年経った今も忘れていない。

「それまでは正直、オリンピックって、そんなにすごい場所だとは思っていなかったんですよ。僕は世界選手権にもワールドカップにも出ていたから、オリンピックもそれと同じ国際大会の舞台のひとつだと思ってた。でも、実際に行ってみて全く違うことを思い知りました」

 オリンピックで対戦した国は、他の国際大会で何度も戦っているチームばかりだった。普段はスマートで、模範的なプレーをする選手が、わざとこちらを怒らせようとラフプレーを仕掛けてくる。メンタルを崩すために、さまざまな手を打ってくる。その形相は別人のようだった。どんな手段を使っても勝ちたい。なりふり構わず勝負してくる姿勢から、勝利に対する執念がひしひしと伝わってきた。

「スポーツの祭典だとよく言われますけど、そんな、祭りなんかじゃないよ、戦争だよって思いましたね。世界トップレベルのバレーボール選手にとって、オリンピックというのは、そうまでして勝ちたい場所なんだって行ってみて初めてわかりました。全敗して日本に帰ってきて、『あの、目の色が変わった、死にもの狂いのあいつらと勝負するにはどうしたらいいんだろう』って考えましたよ。それが次の自分の目標になりました」

【次ページ】 北京後にイタリア移籍、しかしロンドン五輪落選。

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