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パイオニアがやり残したものとは。
フェンシング・太田雄貴の集大成。

posted2016/07/11 07:00

 
パイオニアがやり残したものとは。フェンシング・太田雄貴の集大成。<Number Web> photograph by AFLO

リオ五輪が自身にとって最後の五輪だと語る太田。センターポールに日の丸を掲げることはできるか。

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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AFLO

 太田雄貴は、まぎれもなく、日本フェンシング界のパイオニアである。

 その経歴には、いくつもの「初」が並ぶ。

 2008年の北京五輪のフルーレ個人では、日本フェンシング史上初のメダルとなる銀メダルを獲得。'12年のロンドン五輪では、団体では初となる銀メダル獲得の立役者となった。

 '15年の世界選手権では、同大会ではこれも日本初となる金メダルを手にし、ついに世界チャンピオンとなった。

 さらに、自身の名前を冠した大会の実施や全国を巡ってのパフォーマンスやトークショーなど、普及活動にも尽力してきた。フェンシングの認知度を高めたことも含め、功績は限りなく大きい。

 そんな太田にとって、残された勲章は、オリンピックの金メダルにほかならない。当の本人も金メダルを目標に掲げる。

ロンドン五輪後は内心引退を決意していたが……。

 だが、金メダルを獲得したいと思い定めるのには、まだ手にしていないからだけではない思いがある。

 そこには、一度引退を考え、戻ってきた経緯とその後に得た楽しさがかかわっている。

 太田は、ロンドン五輪後、休養する意向を明らかにしていたが、内心は引退を決意していた。アテネも含め3度出場し、メダルを2つ得ることができた。もう十分やり尽したと考えていた。

 その後、'20年オリンピックの東京招致活動などに携わる。それと並行して'13年の東京国体に出場するために練習を再開した。それが今日まで競技を継続する転機となった。

【次ページ】 「全然違うやり方を突き詰めても面白いんじゃないか」

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