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イチローの部屋が残る寮も撤退へ。
オリックス、ついに神戸の地を去る。

posted2015/12/11 10:40

 
イチローの部屋が残る寮も撤退へ。オリックス、ついに神戸の地を去る。<Number Web> photograph by KYODO

イチローをめぐる栄光の記憶が詰まった青濤館。建物の今後についてはまだ未定だという。

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米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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 大阪に拠点集約へ。

 12月7日、オリックスは現在神戸市にある選手寮や練習施設、ファーム本拠地を、大阪市の舞洲地区に移転することを発表した。

 大阪市が公募した「舞洲野球場敷地及び舞洲野球場北西用地の一般競争入札」を、オリックスの関連会社、大阪シティドームが落札。舞洲野球場北西用地に、新たにサブ球場、室内練習場、選手寮・クラブハウスを建設し、2017年から、舞洲野球場とあわせて新たな活動拠点とする。

 現在、一軍の公式戦は京セラドーム大阪で55試合、ほっともっとフィールド神戸で15試合行なわれている。一方、二軍の試合はおもに神戸サブ球場で行なわれてきた。

 ホームグラウンドは京セラドームだが、シーズンオフはコンサートなどのイベントで使用できないため、毎年、選手たちはシーズン最終戦が終わると、ドームのロッカールームから荷物を出し撤収しなければならない。オフ期間の練習は一、二軍とも神戸で実施されてきた。

 しかし、神戸の選手寮「青濤館(せいとうかん)」が建設から約25年を迎え老朽化が進んでいることや、寮に併設する室内練習場をもう少し広くしてほしいと選手から要望が出たことなどから、数年前より建て替えも含めて検討されてきたという。

ポイントは、“本拠地”京セラドームに近いこと。

 新たな拠点を選ぶ基準は、一軍の本拠地である京セラドームに近いことだった。瀬戸山隆三球団本部長はこう解説する。

「舞洲地区は京セラドームから車で15分程の距離にあり、シーズン中およびシーズンオフの活動拠点が大阪と神戸に分散したままの今の状態を解消することができる。一軍と二軍が近いところで練習できれば効率のいい強化ができる。選手の入れ替えもしやすいし、指導者が行き来しやすいのもメリットになる」

 オリックスは、阪神大震災のあった1995年に「がんばろう神戸」を合い言葉に初のリーグ優勝、翌年は日本一に輝き、市民を元気づける復興のシンボルとなった。

 '04年オフに近鉄と合併した後も、引き続き神戸に根ざしてきたが、今回の決定でいよいよ神戸から離れることとなる。

 ただ、ほっともっと神戸での年間15試合の公式戦は、今後も継続して行なうという。

 西名弘明球団社長は、「『がんばろう神戸』で市民の方に支えていただき、共に優勝したということで、神戸は私たちにとっても非常に思い入れの強い場所。神戸市との良い関係は何ら変わらない」と強調した。

【次ページ】選手たちも移転には好意的だが……。

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