猛牛のささやきBACK NUMBER
ケガと戦い200%でプレーした169cm。
平野恵一がユニフォームを脱ぐ。
posted2015/10/07 10:40
text by
米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph by
KYODO
9月25日、スーツ姿で記者会見場に現れた平野恵一の表情は柔らかかった。
少し太ったと聞くから、そのせいなのか、それとも勝負の世界から身を引くことを決意した安堵感からなのか、トレードマークのシャープな顎は少し丸みを帯びているように見えた。
阪神から古巣のオリックスに復帰して3年目。36歳を迎えた今年は右かかと痛で5月21日に登録抹消され、その後、懸命にリハビリ、練習に取り組んできたが、ついに引退を決断した。
「自信を持ってグラウンドに立てなくなった時は、辞める時だと思っていました。頭と心は、すごく強い気持ちを持っていたんですけど、体が限界かなと。今までこの体は、小さいですけれど、すごく頑張ってくれたんですが、もうそろそろ許してあげよう、お疲れさまと言おうかなと思いました」
プロで14年間戦い抜いた169cmの体を慈しむように言った。
「100%では勝てない職場だったので、200%で走ってきた」と本人が言うように、平野といえば、ガッツあふれるプレーと、そのスタイルゆえに起こった2006年の大怪我が思い出される。
「命がやばいなと思ったのは救急車の中」
'06年5月6日のロッテ戦。ファールフライをダイビングキャッチした平野は、一塁フェンスに激突し、体中に重傷を負った。改めて映像を見ると、顔面から激しく衝突し、全身がぐしゃりとひしゃげるような衝撃を受けており、今更ながら背筋が凍る。
当時のことを、平野はこう振り返る。
「ぶつかった時は、ボールを捕ってるか捕ってないかだけが不安だった。命がやばいなと思ったのは救急車の中ですね。救急隊員の方が、めちゃくちゃ声をかけてくるんですよ。名前を言えとか、電話番号を言えって。こっちはもう、胸骨をやってるから痛いっていうのに。たぶん意識がとばないようにやってくれてたんでしょうね。走馬灯みたいな、フラッシュバックがすごかったですから。だから自分でも『あ、これやっべー』みたいな感じでね」
壮絶な話を、本人はカラカラと笑いながら話すのだが、周りの記者は一緒に笑っていいものかどうか戸惑った。