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人間対イノシシ。勝利への秘策はあるか。
~『猪変』に記された取材報告~ 

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馬立勝

馬立勝Masaru Madate

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posted2015/06/02 10:10

人間対イノシシ。勝利への秘策はあるか。~『猪変』に記された取材報告~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『猪変』中国新聞取材班編 本の雑誌社 1600円+税

「スポーツ本ではない」と言われれば、その通り。しかし、不謹慎を承知でいえば、本書は人間対イノシシのゲーム(試合)記録だ。人間が知恵を絞り、人力、税金を投じて戦いを挑んでも、中国地方のイノシシ軍団を抑えきれない。山中から、里へ、畑へ、街中へ、海を泳ぎ渡り瀬戸内海の島々にもイノシシは進出する。人間チームは苦戦続き。

 人口が減り山里の農家は高齢化。獣の棲みかと人里、農作地の境界で炭、薪の供給地だった里山はその需要がなくなり人手が入らず荒れ果てた。放棄される畑も増えて、イノシシが押し寄せた。オレンジの輸入自由化で遺棄された島のミカン畑は上陸したイノシシの食堂になった。自然保護か、害獣駆除か。縦割り行政の中、田畑を守ろうと苦心する村や町の担当者。駆除に協力する猟友会も獲物は法律で食品として流通が限られ、埋めるばかり。イノシシ研究の学者も少なく生態もはっきりしない。人間チームは守備態勢すらおぼつかないのである。

ポーランド、フランスに確立している狩猟文化とは?

 中国新聞は、かつて映画『仁義なき戦い』のモデルになったヤクザ抗争の時に暴力追放キャンペーンで名を挙げた新聞だ。今度の相手はイノシシか、と野次馬気分で手にしたが、各地を巡っての現場報告が切実かつ面白い。

 目からウロコは、ポーランド、フランスの取材報告。イノシシは猟獣、大人のスポーツのための獣だから、きちんと管理する。生態、行動を調べ国全体の生息数を把握し、捕獲頭数も決める。獲物による被害に遭った農家への補償には狩猟者団体も納税を通じて協力する。人間は野生動物の天敵、支配者の責任を果たすのがハンターという、スポーツとしての狩猟文化が確立していた。

 狩猟に頼らぬ害獣駆除の成功例で紹介されるアメリカのオオカミ再導入も、今ではオオカミが家畜を襲い始め論争の種。本書は12年前の新聞連載のまとめで、直近データでないのが惜しい。「二十一世紀の日本は、獣害の世紀になる」とはイノシシ学者の予言。自然と共生、動物カワイイの国でイノシシ軍団に勝つには、科学的な自然管理とスポーツ狩猟文化育成の長期戦しかなさそうだ。

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