NumberEYESBACK NUMBER

古い伝統あるスタジアムはそれ自体が財産である。
~神宮&秩父宮の再開発に思うこと~ 

text by

鷲田康

鷲田康Yasushi Washida

PROFILE

photograph byTamon Matsuzono

posted2015/04/24 10:30

神宮球場三塁側スタンドの向こうには新宿の高層ビルがそびえる。

神宮球場三塁側スタンドの向こうには新宿の高層ビルがそびえる。

 子供の頃から野球観戦は神宮球場で、ここで観るナイターが大好きだった。入場ゲートをくぐり、通路を抜けてスタンドへの階段を駆け上がる。目の前に広がるのはナイター照明にぽっかり浮かび上がる緑のグラウンドだった。

 ネオンきらびやかな東京のど真ん中にありながら、神宮外苑に囲まれているせいか、周囲の空はそれほどキラキラしていない。漆黒とまではいかないが、真っ暗な空と照明に浮かぶ外野の芝生のコントラストは、子供心に「これが野球場だ!」という光景だった。

 その思い出のスタジアムが取り壊されることになった。

 東京都は2020年東京五輪開催後の明治神宮外苑地区・再開発構想を発表。現在の神宮球場と秩父宮ラグビー場の場所を入れ替え、周辺を含めたスポーツ総合施設として生まれ変わらせるという。

 便利で綺麗な新スタジアム。もちろん多くのファンは喜ぶのかもしれないが、その一方で古いものへの郷愁を捨てがたい人間がいるのも忘れないで欲しい。

大正15年からプロアマの名勝負の舞台となり続けた。

 神宮球場は1926年(大正15年)に開場。六大学を中心とした学生野球のメッカとして、また戦後からは東映フライヤーズ(現北海道日本ハムファイターズ)、国鉄スワローズ(現東京ヤクルトスワローズ)の本拠地として歴史を刻んできた。慶大・水原茂の「りんご事件」や三原脩との早慶対決、立教・長嶋茂雄の六大学本塁打記録もこの球場だった。野村ヤクルトと森西武が死闘を演じた1992年の日本シリーズの舞台もここである。

 古い伝統ある球場は、それ自体が財産ではないだろうか。メジャーを観に行くと、ボストンのフェンウェイパークやシカゴのリグレーフィールドなど、築100年以上の古い野球場の雰囲気に呑まれることがある。こうした球場はどこも汚く、椅子も狭くて柱の後ろになってグラウンドの一部が見えない席もある。

 それでもファンにとっては、その不便さに勝る歴史の重さがある。だからアメリカではこうした古いスタジアムが改修を繰り返しながらも、壊すのではなく残すという選択になっているのだろう。

【次ページ】 新ヤンキースタジアムでプレーした松井秀喜の言葉。

1 2 NEXT
1/2ページ

ページトップ