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<若貴フィーバーを振り返る> 貴乃花光司 「父の四股名で、綱をとる」 

text by

石垣篤志

石垣篤志Atsushi Ishigaki

PROFILE

photograph byNaoya Sanuki

posted2015/01/29 11:50

空前の大相撲ブームの中、昇進のたびに最年少記録を塗り替え、
父と同じ大関に昇りつめた20歳。師匠・貴ノ花の名を継いで、
挑んだ横綱への道は、あまりにも険しく長いものだった。

 土俵にすべてを捧げた若き日の記憶。

 それを手繰りよせた時、貴乃花がまず挙げたのは、意外にも“恐怖心”だった。

「実は子供の頃から臆病で、怖がりで。入門してからは、プロの世界には凄い人がたくさんいるなあ、と驚くばかりでした。同時に、この人たちと戦うのは怖い、と。何年経っても、自分の根底には、戦う相手に対する怖さがありましたね」

 貴乃花は「いまだにお化け話も苦手で」と付け加えて、苦笑いをみせた。

 '88年に15歳で身を投じた国技・大相撲の現場。少年には勝負に生きる猛者たちがひしめき合う修羅の世界に映った。

「私は父の“分け身”だと思ってやってきました」

 当時も今も、貴乃花の中で絶対的な支柱となっているのが、師匠である父――初代貴ノ花(享年55)の存在だ。

「入門した時から、私は父の“分け身”だと思ってやってきました。大関で土俵人生を終えた父の代わりに、自分がその上を目指していく。それが私の原動力でした。父から部屋を引き継いで師匠となった現在も、自分はその延長にいると思っています」

 父の人生を丸ごと背負い、“頂点”を志してのスタートだった。だからこそ入門当初から、この先の長い道のりに立ちはだかる壁の強大さを肌で感じ、素直に「怖い」と思ったのだろう。

 将来の大横綱を畏怖させたという、その時代の土俵は、どんな力士たちに彩られていたのか。貴乃花が最年少記録の19歳5カ月で幕内初優勝を決めた、平成4年初場所の番付を辿ってみた。

多士済々のライバル、そして曙と武蔵丸の脅威。

 東西の横綱に北勝海、旭富士。大関は小錦、霧島。関脇には琴錦と兄弟子の貴闘力。小結は栃乃和歌、そして同期入門で好敵手だった曙の名もある。

「全国津々浦々から、身体も大きく、才能の塊のような人材が相撲界に集結している時代でしたから。今のように外国人力士は多くなかったですが、後に何度も優勝争いをした曙さん、武蔵丸さんは、それぞれ元バスケとアメフトの選手。その道に進めば何十億円と稼げたでしょう。抜群の運動神経の持ち主で、あんなに大きくてバネがあって動ける力士は脅威の一言でした。彼らと対戦して怖くなかった日本人力士はいないと思いますよ」

【次ページ】 「稽古に打ち込むことで、恐怖を勇気に変えていく」

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