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<世界No.1コーチが明かす> ブライアン・オーサー 「ユヅルは“屈辱”から多くのことを学んだ」 

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野口美惠

野口美惠Yoshie Noguchi

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photograph byTakao Fujita

posted2014/12/30 11:30

<世界No.1コーチが明かす> ブライアン・オーサー 「ユヅルは“屈辱”から多くのことを学んだ」<Number Web> photograph by Takao Fujita
2大会連続でオリンピック金メダリストを育てた名指導者は、
苦悩する愛弟子をどのように頂点へと導いたのか。

「今季のシーズン後半は、結弦が王者であることの証明をするための時間になるでしょう」

 羽生結弦をソチ五輪王者へと導いたブライアン・オーサーは自信を持ってこう語る。

 11月の中国GPでの衝突事故からわずか1カ月、羽生は会心の演技でGPファイナル連覇を達成した。絶対王者ともいえる強さの秘訣を師であるオーサーが明かしてくれた。

 日本中を驚かせたのは、衝突事故後、迷わず“出場”を選んだ師弟の決断だった。

「中国GPは、もし私が選手だったとしても出場したでしょう。王者になる素質の選手というものは、自分が競技できる限り“戦う心”は失わないものです。結弦もまさにそういう性格です。脳震盪であればもちろん棄権させましたが、現地にいたドクターの診察を受け『脳震盪ではない』という診断で、結弦も『頭は打ってない』と言って、意識もはっきりしていました。彼のファイトを誇りに思いますし、出場させたことは後悔していません」

衝突事故後にオーサーが示した2つのプラン。

 11月8日の事故後、羽生は練習拠点のカナダ・トロントには行かず、地元仙台に戻り療養。師弟はメールで連絡を取りながら、11月28日に開幕するNHK杯への出場を模索した。

「私が心配したのは、怪我のことだけでなく、結弦のファイティングスピリットがどう変化するかでした。どんな競技でも怪我はつきものなのですが、怪我をした後に潜在的な恐怖が長引くことが最も危ないことなのです。怪我が治っても『痛いかもしれない。また怪我をするかもしれない』と考え、復帰がうまく行かず低迷していく選手を幾度となく見てきました。ですから結弦が人前に出て、試合に出場し、恐怖を払拭するというイベントは必要だと感じていました。しかし無理させるつもりはなく、結弦の出方を待っていました」

 このとき、オーサーは羽生に、2つのプランを示した。1つは「身体を大事にしてNHK杯は棄権する」、もう1つは「NHK杯に出場するならジャンプは難度を落とす」というものだった。

「12月25日からの全日本選手権が一番大事なのだから、NHK杯は無理する必要はない、ということは話しました。でも結弦は出場を選んだ。そうであれば全面的にサポートするのみでした」

【次ページ】 NHK杯4位をオーサーが好意的に受け止めた理由とは?

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