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<内田と本田、2人のルーツ> 異色の才能を育んだ10代の軌跡を辿って。 

text by

細江克弥

細江克弥Katsuya Hosoe

PROFILE

photograph byHirofumi Kamaya

posted2014/10/09 11:30

<内田と本田、2人のルーツ> 異色の才能を育んだ10代の軌跡を辿って。<Number Web> photograph by Hirofumi Kamaya
将来プロになって世界を目指すと公言していた本田。
プロになるなど夢にも思っていなかった内田。
2人の青春時代にその才能を見出し、
育てあげた恩師やクラブ関係者らが明かす
彼らが世界を目指した原点と、努力の道程――。

「入部を希望している子がいるので、一度見ていただけませんか?」

 石川・星稜高の監督を務める河崎護は、一本の電話を受けてすぐに彼を呼び寄せた。大阪で生まれ育った本田圭佑が初めて石川に足を踏み入れたのは、2001年9月のこと。ガンバ大阪ユースへの昇格の道が絶たれた15歳の秋だった。

「もう、何百回も話したぞ」

 そう言って笑いながら、河崎は職員室の奥にある小部屋のソファに腰を下ろした。

「今思うと、少し大人びていたという印象ですね。普通なら大人に連れられて見学に来るところを、圭佑は一人で来た。中学3年にしては妙にしっかりしていて、逆にこちらが心の中を見られている感覚もあったくらい」

 1泊2日のスケジュールで星稜高にやって来た中学3年の本田は、その2日目、長野県菅平への遠征に帯同し、四日市中央工高との練習試合に出場した。

「Aチームの試合に、残り20分くらいから使ってみたんですよ。驚きましたね。左のコーナー付近で相手に囲まれたんだけど、それをうまくかわして左足でキレイなクロスを上げた。中学3年の子が、ワンステップであれだけのボールを蹴るなんて思わなかった」

星稜高校のサッカー用グラウンドは人工芝。近代的な設備で効率的な練習が行われている。

入学前に「僕をレギュラーで使ってくれますか?」

 さらに河崎を驚かせたのは、そのキャラクターである。本田は言った。

「僕をレギュラーで使ってくれますか?」

 入学前からそんなことを聞く生徒は、後にも先にもいない。しかし大阪からやって来た大胆不敵な異分子と内向的でもの静かな石川県民の掛け合わせは、河崎が手を加えなくともポジティブな化学反応を示した。

「圭佑が1年生の時の3年生は、いい選手が揃っていて楽しみな学年でした。そこに爆弾みたいな圭佑がグイグイと入って行ったもんだから、他の子たちは面食らったところもあったのかな。でも、ポジティブな反応しかなかったですよ。まあ、キャプテンの金田君あたりは多少気を遣ったのかもしれないね」

 その言葉を受けて、金田隼輔に話を聞いた。早稲田大でもキャプテンを務めた彼の礼儀正しい言葉はいかにも主将気質を感じさせるが、今も付き合いのある後輩を気遣って言葉をセーブしている印象はない。

【次ページ】 「生意気と感じることは全くありませんでした」

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