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<僕はこんなものを食べてきた> 高橋大輔を甦らせた女性栄養士との「二人三食」。 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byNaoya Sanuki/JMPA

posted2011/01/21 06:01

<僕はこんなものを食べてきた> 高橋大輔を甦らせた女性栄養士との「二人三食」。<Number Web> photograph by Naoya Sanuki/JMPA

持ち前の表現力を遺憾なく発揮したバンクーバー五輪フリーの演技

食事もトレーニングの一環。そう考えて、さらなる肉体改善のため、
栄養学の専門家にアドバイスを仰ぐアスリートは少なくない。
全治半年の重傷を克服し、バンクーバー五輪で銅メダルを獲得した
フィギュアスケーター、高橋大輔もその一人。偉業達成の舞台裏には、
彼の三食を見守り続けた女性プロフェッショナルの存在があった。

 昨年のバンクーバー五輪で、フィギュアスケートの高橋大輔は銅メダルを獲得した。日本男子初となる快挙であったが、その陰に、一人のなくてはならないスタッフがいた。栄養アドバイザーの石川三知である。華麗なステップワーク、スピン、ジャンプ、豊かな表現は、磨かれた肉体あってこそ生まれ、その肉体は、豊かな食あってこそ形成される。

 これまで荒川静香をはじめ多数のアスリートの栄養面をサポートし、現在も全日本男子バレーボールチームなどを担当する石川が高橋に初めて会ったのは、2009年1月のことだ。高橋は'08年秋に右足膝前十字靭帯と半月板を損傷し、手術を受けた。その後のリハビリの間には辛さから行方不明になることもあったが、「よし、やろう」と気持ちを取り戻した時期でもあった。

「お見合いしたんですよ」

 石川は高橋との出会いをそう表現する。

「依頼されてはいましたが、私がやろうと思っても、『なんだこの人』と感じたら、選手は私の作ったご飯を食べられないでしょう。やっぱり相性ってあると思うんですね」

 初めて出会った高橋の第一印象をはっきり覚えている。

「感受性の豊かな人だなということと、見た目より素直そうだと思いました(笑)」

 その後も何度か顔をあわせ、JOCビクトリープロジェクトの一環として高橋のサポートを引き受けることになった。

'09年8月から始まった石川による徹底的な「食改革」。

 サポートをするにあたり、石川は高橋の食生活を聞いた。それは驚くべきものだった。若い男性にありがちだが、唐揚げをはじめとする揚げ物が好きで、1週間、唐揚げ弁当を食べ続けたこともあるという。しかし希望も見出した。

昨年末の全日本ではショート4位と出遅れるも、フリーで挽回した

「例えば野菜が嫌いだから食べないわけじゃなく、単に無頓着だったんですね」

 '09年8月から始まった石川による「食改革」は徹底的だった。高橋が日本にいる間、1週間分の食事を毎週用意したのだ。週1回、高橋の大阪の拠点に横浜から通い、食材の購入も含め平均7時間かけて調理。大阪で作らなかった分は横浜から届け、レンジで温めるなど簡単な手間で食べられるようにした。

 メニューは、おおまかに言えば、二つの考えから組み立てられた。

「筋を刺激するのか、神経を刺激するのか、トレーニングの内容によって体の中で起きる化学的変化も違ってくるので、そのときのトレーニングの内容を聞いて、それにあわせた食事にしていました。

【次ページ】 高橋の表現者としての感性を磨くために考えたこと。

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