セリエA ダイレクト・レポートBACK NUMBER
695日ぶりのゴールで完全復活。
ロッシがセリエ得点王を独走中。
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph byANSA/AFLO
posted2013/10/23 10:30
2年間の鬱憤を晴らすかのようにゴールを量産するロッシ(左)。まだ26歳、失ったものを取り戻す時間は存分にある。
紛うことなきトップスコアラーとして、FWジュゼッペ・ロッシ(フィオレンティーナ)が還ってきた。
開幕から8戦8発、破竹のゴールラッシュでセリエA得点王レースをリードする。
それでも、到底満足できない。順調だったはずの彼のキャリアは、何せ2年も止まったままだったのだから。
「まだ100%のコンディションじゃない。必ず怪我する前の自分に戻ってみせる」
右膝に残る手術痕をかばうことなく、“失われた2年”を取り戻すように、ロッシは相手ゴールへ向かう。
米国ニュージャージーで生まれ育ったロッシは、一家揃ってイタリアへ帰国後、パルマの少年育成部門へ入団した。大器の片鱗を見せ始めると、17歳でマンチェスター・Uに引き抜かれた。プレミアリーグ初得点は18歳のときだった。
飛躍を求めて、'07年にビジャレアルへ移籍。スペインでの4年目にシーズン32得点を記録し、ELに出場したチームの中心になった。
南アフリカW杯後のイタリア代表でもプランデッリ新監督の信頼を勝ち取った。173cmのロッシがゴール前で発揮したアジリティは、EURO2012予選におけるアズーリの強力な武器だった。
怪我、復帰、そして再びの激痛……。
だが、敵地でのR・マドリー戦で右膝前十字靭帯断裂の重傷を負った'11年10月26日、ロッシのキャリアは暗転する。その日以降、彼のサッカー選手としての時計の針は止まった。
しなやかだった右膝にメスが入った。周囲に励まされ、プランデッリの「代表で待っている。EUROに行くぞ」という言葉を信じ、ロッシは6カ月に及ぶ長期のリハビリに耐えた。
年が明けた'12年2月、サッカーを教えてくれた最初のコーチであり誰より敬愛していた父フェルナンドが長い闘病生活の末、他界した。ロッシは復帰を父の墓前に誓い、春を待ってチーム練習への合流が叶った。
復帰を目前にした4月中旬、練習中に右膝へ火がついたように激痛が走った。復帰もEURO出場も、瞬時に消し飛んだことを悟ったロッシは、グラウンドで天を仰いだまま泣き崩れた。