野球クロスロードBACK NUMBER
人気と戦力以外に必要なことがある!
楽天が渡辺直人と共に放出したもの。
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byHideki Sugiyama
posted2010/12/14 10:30
野村克也元監督からは「人生、野球をやめてからの方が長い。視野を広げるにはいい機会。必要とされているのだから頑張れ」との言葉をもらったという渡辺直人
12月1日の契約更改交渉後の会見で過去最低の出場試合に終わった今季を振り返り、東北楽天の渡辺直人は忸怩たる思いをぶつけた。
「今年は本当に自分でも納得していません。来年は競争になるけど、試合に出たら最高のパフォーマンスを出せるように自分を高めていきたい」
メジャーから松井稼頭央と岩村明憲が移籍してきたことで、内野のレギュラー争いが激しくなることは覚悟している。だからこそ、「今まで自分がやってきた自負もある」と己を鼓舞した。
加えて、副選手会長に任命されたことでより一層、責任感も芽生えた。渡辺直には、ひとかたならぬ決意が漲っていた。
そんな矢先、である。
9日、金銭トレードにより渡辺直が横浜へ移籍することが決まった。理由として、「ショートは松井稼とポジションが重なる。横浜でレギュラーとしてキャリアアップしたほうがいい」という説明が球団からあった。
「来年も楽天でやりたい気持ちがあるなかで、仙台を離れるのは寂しい。横浜でも頑張ろうと思います」
渡辺直は、そう気丈に現実を受け止めたが、記者からの「楽天ファンへメッセージを」という質問を受けると言葉を詰まらせ、涙ながらに感謝を述べた。
「仙台のファンは本当に熱くて、温かく……応援してくれました」
降って湧いたトレード話にチームメイトも動揺。
急転直下の移籍劇は、チームに波紋を呼んだ。
翌日の契約更改交渉に臨んだ選手のほとんどが、渡辺直に惜別の言葉を贈る以上に、悔し涙を見せた。
公私ともに仲が良く、渡辺直を「師匠」と慕う鉄平は、自身の契約にはわき目もふらず、事態の説明を球団に求めたほどだ。
「直人さんがあんなことになって……。技術だけではなく、人間的に未熟だった自分にいろいろなことを教えてくれた先輩でした」
同期入団で、来季から「二人三脚で頑張っていこう」と渡辺直と誓い合ったばかりの新選手会長の嶋基宏も、涙ながらに語った。
「悩んでいるときに声をかけてくれましたし、来季も副会長としてサポートしてくれると言われていたので……。直人さんがいなくなってしまって、僕も悔しくて」
さらに翌日には、チームの精神的支柱の山崎武司ですら、「プロだからトレードは仕方がありませんけど、出すべき選手ではなかったと思う」と、球団に疑問を投げかけた。
これで十分に伝わるだろう。
彼はチームメイトから信頼される選手だった。そして、ファンから愛される選手であった。
渡辺がどれほどファンから愛されていたか。それを裏付けるエピソードがある。