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<高橋尚子が見た世界陸上・銅> 福士加代子 「灼熱のレースで得た自信」 

text by

高橋尚子

高橋尚子Naoko Takahashi

PROFILE

photograph byTsutomu Kishimoto

posted2013/08/28 06:00

5年前のマラソン転向以来、幾度も苦杯をなめてきた
「トラックの女王」は、モスクワの地でみごと銅メダル。
強豪が次々とこぼれ落ちていく過酷なレースで
過去とは違う強い走りを見せられた理由とは――。

 世界陸上モスクワ大会の初日に行なわれた女子マラソンは、夏のマラソンを象徴するような過酷なレースになりました。8月初めはまだ涼しく、時にはダウンジャケットが必要になるほど冷たい風が吹くこともありましたが、レースの1週間前くらいからみるみる気温が上昇し、スタート時は27℃、湿度66%という厳しいコンディションでした。

 その天気を味方につけたといえるのが、みごと3位に入った福士加代子選手です。暑さが苦手なアフリカ勢が徐々に順位を落とす中で、地道に我慢するレースができていました。まずよかったのが、序盤の位置取り。福士選手、野口みずき選手ともに先頭集団で走っていましたが、福士選手の位置はとりわけ素晴らしかったですね。

 マラソンで大切なのは、「動かない」こと。正面から撮影するテレビカメラにぎりぎり映らずに隠れていられるくらいの位置―前の選手の背後で周りを見ながら走れる場所がもっとも省エネと言われています。今回の福士選手はロスを極力減らし、後半に力を溜める走りができていました。

 厳しい日差しと暑さによって1人ずつ脱落して小さな先頭集団になったなか、一番後ろで走る福士選手は、リラックスしていたように見えました。このままキープできれば……と期待していた30km手前で遅れ始めた時は、後半に大きく失速した過去のレースと重なり、このまま一気に落ちていくのかと私も不安を感じていました。

過去のレースから学び、終盤に失速せず粘ることができた。

 ところが今回の福士選手がこれまでと違ったのは、そこから粘ることができたこと。離され始めてもスピードを落とすことなく、しっかりと前の選手を見据えながら走ることができたのは、過去のレースからひとつずつ学んできた成果でしょう。

 2008年の初マラソン、大阪国際女子マラソンがそうだったように、昔の福士選手はどちらかというと「行けるところまで行く」タイプ。その結果スタミナ切れを起こし、終盤に順位を下げるパターンが目立ちましたが、今年1月の大阪では2位に入るなど、最近は最後の落ちを抑えられていました。このモスクワで、その成長はさらに明らかでしたね。

 さらにその後、3位につけていたメルカム選手(エチオピア)が、先頭集団から落ちてきます。マラソン選手って、前を行く選手が自分に近づいてくると、一気に闘争心が湧いたり力が甦ってきたりするものなんです。離されていくだけだと精神的にもかなりダメージを受けるのですが、目の前を走る背中が大きくなってくると「まだ行ける!」とパワーが生まれてきます。まずは追いつけるところまで走ってみよう、と具体的な目標も立てられます。

 福士選手にとって、メルカム選手の脱落は大きな後押しになったのではないでしょうか。逆に福士選手に追い抜かれたメルカム選手は、36kmで棄権。メダルを確信してトラックに戻ってきた福士選手は、彼女らしい笑顔でしたね。本当に素晴らしい結果を出してくれたと思います。

<次ページへ続く>

【次ページ】 福士に刺激を与えた、野口みずきとの合同練習。

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