SCORE CARDBACK NUMBER

伝説のライダーが呼んだ、
久しぶりの8耐の熱狂。
~49歳シュワンツ、21年ぶりの雄姿~ 

text by

遠藤智

遠藤智Satoshi Endo

PROFILE

photograph bySatoshi Endo

posted2013/08/14 08:00

シュワンツのビッグネームが成功の要因だが、それを支えたのは加賀山の無償の情熱だった。

シュワンツのビッグネームが成功の要因だが、それを支えたのは加賀山の無償の情熱だった。

 1993年のWGP500cc王者で、引退したいまも伝説のライダーとして人気の高いケビン・シュワンツが、7月28日に開催された鈴鹿8時間耐久レースに出場した。

 WGPではスズキのエース、8耐ではヨシムラ・スズキのエースだったシュワンツは49歳での復活ラン。'95年に引退して18年、8耐に限れば'92年以来21年ぶりの雄姿だった。

 エントリーした「チームカガヤマ」は、現在、全日本を戦う加賀山就臣が一昨年スタートさせたチーム。決勝レースでは加賀山のWGPやスーパーバイクへの参戦経験を活かし、8耐の強豪と互角に渡り合い、見事3位表彰台に立った。

 8時間のほとんどは、加賀山と世界での経験豊富な芳賀紀行が走った。序盤からトップ集団に加わり、一時は熾烈な2位争いを繰り広げたことから、ふたりに比べアベレージで劣るシュワンツの出番は1回だけ。しかし、そのシュワンツとて、ベストタイムでは加賀山や芳賀から約2秒落ちをマーク。V・ロッシが「グランプリでもっともスペクタクルな走りをする選手だった」と尊敬する名選手は、往年の走りを存分に見せてくれた。

スズキの後輩ライダー・加賀山就臣の情熱が全てを動かした。

 日本にバイクブームが巻き起こり、鈴鹿に日本GPが復帰した'80年代後半。シュワンツは、ヤマハのエースだったW・レイニーとともに日本のレースファンを虜にした。大スターが鈴鹿に復帰したことで、下降線を辿ってきた観客動員は久しぶりに上昇カーブに転じ、6万人を超えた。ブーム時の最高16万人には遠く及ばない数字だが、低迷する日本レース界の再生に尽力している加賀山の試みは大成功となった。

 シュワンツが8耐出場を決めたのは、スズキの後輩ライダーである加賀山からの猛烈なオファーにほだされたからだ。条件はひとつ。いいチームを作ること。「いいチーム」とは、最初は勝てるチームという意味だった。しかし、レースの後にシュワンツが語った「いいチームを作ってくれた」という言葉には、「情熱あふれる」という意味も加わっていた。

 加賀山の情熱がシュワンツを動かし、シュワンツの存在が、日本のレース界を動かした。勝利はならなかったが、今年の鈴鹿8耐の主役は、まちがいなくチームカガヤマとシュワンツだった。

関連コラム

ページトップ