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松井秀喜の心を震わせた、
異例の引退セレモニー。
~ヤンキースが称えた7年間の功績~ 

text by

四竈衛

四竈衛Mamoru Shikama

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photograph byYukihito Taguchi

posted2013/08/11 08:00

松井秀喜の心を震わせた、異例の引退セレモニー。~ヤンキースが称えた7年間の功績~<Number Web> photograph by Yukihito Taguchi

 背番号「55」は、ニューヨークでも愛されていた。昨季限りで現役を引退した松井秀喜氏が7月28日、ヤンキースと1日だけのマイナー契約を結び、引退セレモニーを行なった。カートに乗って球場内に姿を現すと、ファンは総立ちで拍手を送った。主将デレク・ジーターから記念のユニホームを受け取り、始球式を行なうと、歓声は一段と高まった。

「球場に入った瞬間、泣きそうになりました。改めて幸せな野球人生だったと思います。ファンの方の歓声に心打たれました」

 2009年ワールドシリーズでMVPを獲得するなど、松井氏の活躍を知らないファンはいない。だが、ヤンキースがこれほどの引退セレモニーを企画すること自体が異例だった。試合前には、キャッシュマンGMらが会見を行ない、改めて松井氏の功績を称えた。

「打席の中だけでなく、メディアへの対応など、彼は真のプロフェッショナルだった。ヤンキースの一員としてリタイアすることを嬉しく思う」

「ニューヨークに住み、ヤンキースでプレーすることは特別だった」

 日米両国で20年間プレーした松井氏にとって、ヤンキースでプレーした2003年からの7年間は特別な時間だった。巨人在籍時の1999年オフ、極秘で渡米し、プレーオフの熱狂ぶりを肌で感じたのが、旧ヤンキースタジアムだった。スタンドの松井氏は、かつてベーブ・ルースも立った左打席をしっかりと目に焼き付けて帰国の途に就いた。その後、フリーエージェントの権利を得る2002年オフまで、松井氏にとってのメジャー=ヤンキースだった。

「ヤンキースはずっと憧れでした。ニューヨークに住み、ヤンキースでプレーすることは、野球選手にとって特別なことだったと思います」

 現時点で来季以降については未定だが、日米両国で愛された松井氏だけに、今後は指導者として期待する声も大きい。昨季の引退以降は自宅のあるニューヨークで静かに過ごしていたが、7月初旬からはヤンキース1Aの練習に参加したり、オールスターでテレビ解説するなど、野球人としての活動も増え始めた。

「これまでの経験を少しずつ次の世代に伝えていければいいですね」

 日米両国で区切りを付けた松井氏。その動向は、今後も注目を集めそうだ。

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