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<元主将の回想と提言> 宮本恒靖 「コンフェデからW杯へあと1年で何ができるか」 

text by

木崎伸也

木崎伸也Shinya Kizaki

PROFILE

photograph byTakuya Sugiyama

posted2013/06/18 06:01

W杯出場を決めた代表に残された時間は多くない。
コンフェデに挑むザックジャパンは、この舞台で何を得て、
来るべき本番にどう繋げるべきなのか。ラスト1年のプロセスを
もっとも良く知る男に、“コンフェデ活用術”を聞いた。

 コンフェデで何を掴み、W杯にどうつなげるか――。決してレベルが高くないアジアにいる日本代表にとって、最も重要なテーマのひとつだ。

 その“ラスト1年”のプロセスにおいて、元日本代表キャプテンの宮本恒靖は、歓喜と悔しさの両方を味わって来た人物である。

 現在、宮本はFIFA大学院の授業のため、スイスに滞在している。首都ベルンの目抜き通りのカフェの席に着くと、選手時代と変わらぬ引き締まった表情でゆっくりと語り始めた。

「コンフェデは特殊な大会ですよね。タイトルがかかっているから真剣味はある。けれどW杯予選ほど『負けちゃいけない』というプレッシャーはない。だからレベルの高さを楽しみながら、チャレンジできる。チームの立ち位置、そして個人の立ち位置がはっきりと見えてくる大会です」

“アジアボケ”していたチームが衝撃を受けた'05年のメキシコ戦。

宮本恒靖 Tsuneyasu Miyamoto
1977年2月7日、大阪府生まれ。'95年にガンバ大阪入団。'02年W杯ではベスト16進出に貢献。'06年W杯では主将としてチームを支えた。'07年オーストリアのレッドブル・ザルツブルクへ。'11年の現役引退後は、解説者として活躍する傍ら、昨年9月からFIFAマスターに在学している。

 W杯アジア予選と、各大陸の王者が集う大会では当然レベルが異なる。W杯モードに切り替えるうえで、コンフェデは絶好の舞台だ。

 宮本は日本代表のキャプテンとして、2005年にドイツで開催されたコンフェデに出場した。メキシコ、ギリシャ、ブラジルと同組。W杯予選でバーレーンや北朝鮮と戦っていた日本にとっては、どこも格上である。

「レベルのギャップが大きかったですね」

 少しずつ宮本は記憶を呼び起こした。

「初戦のメキシコ戦で覚えているのは、自分たちが守備でプレッシャーをかけようと思っても、かけ切れなかったこと。相手のボール回しがうまかったからです」

 日本は柳沢敦のゴールで先制したものの、2点を返されて1対2でメキシコに敗戦。“アジアボケ”していたチームが、一気に目を覚まさせられた。

「アドリアーノ以外は全員本気だった」ブラジルとドローも……。

 そして第3戦のブラジル戦で、さらに大きな差を突きつけられる。中村俊輔と大黒将志のゴールで2度追いつき、2対2と大健闘したが、力は明らかに相手の方が上だった。

「ブラジルがどんなテンションで来るのかなと思っていたら、アドリアーノ以外は全員本気で(笑)。2003年のコンフェデのフランスも強かったですが、さらにブラジルは上。ゼ・ロベルトがボランチで出ていたんですが、『こんなにすごい選手だったんだ』ってね」

 宮本が受けた衝撃は2つあった。

<次ページへ続く>

【次ページ】 宮本が体感した強烈なスピードとインテリジェンス。

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