野次馬ライトスタンドBACK NUMBER
日本一恐ろしい「神宮のヤジ」が、
混戦セ・リーグのカギを握るって……。
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2010/09/01 12:50
「やる気あんのかコラー!」
「てめぇらプロじゃねぇ、辞めちまえ!」
その日のスタンドからの野次はいつになく強烈だった。
8月27日のヤクルト戦。阪神が混戦のセ・リーグから抜け出すためには是が非でも取りたい3連戦の初戦だった。レフトから3塁側までのスタンド一帯は、例によって気合い十分の阪神ファンが集結し、強烈な声援を送ったが、試合の方は館山に完封負け。いいところなく0-6で敗れ去った。
試合終了後。ベンチからクラブハウスへ戻る三塁側内野席の目の前を敗軍の行進がはじまる。フェンス一枚隔てた先からは、名前を呼んで奮起を促す有難い声に交じり、容赦のない罵声がダイレクトに選手を襲う。その距離わずか1~3m。聞こえているのか、いないのか。ある者は俯きながら、またある者は記者と話しながら、気まずい空気の中を平静を装った風で足早に去っていく。
あるセ・リーグの選手は言う。
「この道はどこよりもお客さんとの距離が近くて声がよく聞こえるんです。負けた時は世界で一番通りたくない場所ですよ。『公開処刑だ』って神経質になってるヤツもいますからね」
勝てば天国、負ければ地獄。行きはヨイヨイ、帰りはコワイ。とおりゃんせ、とおりゃんせ、ここはどこの細道じゃ?
神宮さまの細道じゃ。
神宮球場三塁側ブルペンでは右投手が至近でヤジられる。
あらかじめ言っておくが、ほとんどのファンは負けても尚、引き上げてくる選手たちに激励の言葉を送っている。しかし、それでも尚、選手によっては「甲子園よりも恐ろしい」と言わしめるのが神宮球場なのである。
その恐怖は負けた時の公開処刑ロードだけではない。ある中継ぎ投手は「調子が悪かったり、負けが込んでいる時の神宮は怖いですよ」と言う。
「神宮はブルペンが客席のすぐ横にあるでしょ。しかも、三塁側で右ピッチャーだとお客さんと目が合うんですよ。ほとんどは応援してくれる声ですが、たまに『うわーこいつが投げんのかよ』みたいな声が聞こえてくるんです。敵ならまだしも味方ですからね……あれはキツイですよ」
ブルペンで投げる投手の表情までが窺え、選手の耳に声援が届いてしまう環境は、観る側からすれば恵まれているといえるだろう。しかし、選手とて人間。無視できない言葉だってある。それ故に過去にはいらぬ衝突を生んでしまったことも何度となくあった。