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<HONDA Method> ソルティーロが本田圭佑を超える日 連載第4回 「異端から生まれる異端とは」 

text by

榎森亮太

榎森亮太Ryota Emori

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photograph byHONDA ESTILO

posted2013/06/01 08:00

<HONDA Method> ソルティーロが本田圭佑を超える日 連載第4回 「異端から生まれる異端とは」<Number Web> photograph by HONDA ESTILO
この5月で1周年を迎えたソルティーロ。
本田と過ごした3週間の合宿では、毎日のように議論を交わし、
新たなビジョンが拓けてきた。

 日本に帰国していた本田圭佑と過ごした3週間で、僕は心身ともに鍛え上げられました。

本田のリハビリ合宿は、吐き気を催すほどキツいメニューでした。

 3月下旬から4月中旬にかけて、本田は足首の治療とリハビリのため、国内で合宿を張りました。この間の僕の主な仕事は練習、洗濯、ミーティング。午前中は本田のトレーニングをサポートしながら、自らもメニューをこなす。それは今思い出しても吐き気を催すほどきつい練習で、僕の心拍数は恐らく200をはるかに超えていたに違いありません(笑)。

 合宿最終日に行なわれた練習試合では、右サイドバックとして30分だけ出場させてもらいました。ダニエウ・アウベスばりの攻撃的精神を発揮する僕のポジショニングに対して、本田は「それ、おかしいやろ」と突っ込みながらも、走り出せば、必ず絶妙なタイミングでパスをくれた。それに応えて僕も1本だけ納得のクロスを上げることができた。得点にはつながりませんでしたが、「あれは、ほぼアシストでいいんちゃう」と、本田にも認めてもらったのが、最大の収穫です。

毎夜のように行われた議論で僕の反骨心をくすぐってくれた。

Ryota Emori
1985年生まれ。プロを目指してドイツ下部リーグでプレーしていた時に、フェンロの本田圭佑と出会う。その後、専属マネージャーを経て「ソルティーロ」事業責任者に就任。

 その一方で、毎夜のように、ソルティーロの現状と未来について議論を交わしました。内容は予算のことから、6月からスタートする清瀬校、大会開催の構想など多岐にわたり、優れたモチベーターでもある本田は、僕の反骨心を見事にくすぐってくれました。そんな彼との濃密な3週間を共有することで、あらためて強く思ったことがあります。

「ソルティーロが本田圭佑を超える日」。つまり、どうなればソルティーロは本田圭佑を超えたと言えるのか。

 まず第一に、本田圭佑という名前に頼らずとも、ソルティーロが自立できたとき。一見矛盾しているように感じるかもしれませんが、これこそが僕の究極の目標であり、本田自身の意思でもあります。

 実はもうひとつ。僕が個人的に抱いている夢は、ソルティーロから本田圭佑を超える選手が生まれることです。

【次ページ】 ソルティーロは国内だけにとどまるつもりはない!

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