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落合博満は“内角攻め”をこう考えた。
前田智と江村、死球騒動の教訓とは?
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2013/04/27 08:01
日大から社会人のワイテックを経てヤクルトに入団したドラフト4位ルーキーの江村将也。4月23日の広島戦でプロ1勝目を挙げたが、死球を与えた前田智徳が骨折したこともあって苦い初勝利となった。
現役時代の落合博満(前中日監督)が、厳しい内角攻めにたった1度だけ、激怒した場面を見たことがある。1996年4月12日の横浜対巨人戦、相手は当時、横浜のエースだった盛田幸希(現・幸妃)投手だった。
盛田はシュートを武器に厳しい内角攻めを身上とする投手で、落合は前年にも死球を受けていた。
ことの発端は6回表、盛田が先頭の川相昌弘内野手にぶつけた死球だった。1死から4番を打っていた松井秀喜外野手が安打を放った一、三塁の場面。ここで2回に本塁打を放っている落合が打席に入ると、その2球目のストレートが頭をかすめた。
「いい加減にしろよ!」
落合が珍しくマウンドに向かって一歩、二歩と詰め寄る姿勢を見せると、ベンチから長嶋茂雄監督も飛び出し猛抗議するという騒動になった。
盛田はこの後、7回にも元木大介内野手の脇腹にぶつけて、このときには両軍ベンチからナインが飛び出して乱闘寸前の睨み合いとなるなどの騒動を引き起こしている。
技術のない投手に内角を投げる資格なしと落合は断罪。
「あいつはもう投手とは呼ばないよ」
そして試合後の落合は、盛田のことをこうばっさりと切り捨てた。
普段は厳しい内角攻めにも「避けるのもバッターの技術」と平然と受け流していた落合が、なぜにあれほどまで激怒したのか? のちに本人に直接、理由を聞くとこんな答えが返ってきた。
「技術のないヤツは内角に投げたらいけません。あれだけ内角(に投げた球)が抜けてくる投手は、ただ思い切って投げていたら、いつか頭に当てるだろ。そうなったらこっちは生死に関わる問題なんだ」
広島・前田智徳はすっぽ抜けの内角球で左尺骨を骨折。
広島のベテラン・前田智徳外野手が、死球に激怒したのは4月23日のヤクルト戦(神宮)だった。
8回2死一、二塁。マウンドはヤクルトのルーキー左腕・江村将也投手だった。
1ボールからの2球目。内角を狙った変化球はしっかりと指にかからずに抜けた感じで前田の内角を襲った。ボールはバットのグリップに当たりファウルとなったが、カウント2ボール2ストライクからの6球目に、またも内角を狙った137kmのストレートが抜けてきたのである。
ボールが当たった左手首を押さえて前田は何かを叫びながらマウンドに一歩、二歩と詰め寄った。両軍ナインもベンチを飛び出し、広島の古澤憲司投手コーチがヤクルト・荒木大輔投手コーチを小突いて退場処分を受ける騒動になり、前田は「左尺骨骨折」で全治2、3カ月という重傷を負った。