ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER

就活より大切な“今”を求めて――。
米国パシフィック・クレスト・トレイルへ。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

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photograph byMiki Fukano

posted2013/04/22 10:30

就活より大切な“今”を求めて――。米国パシフィック・クレスト・トレイルへ。<Number Web> photograph by Miki Fukano

4月26日からパシフィック・クレスト・トレイルを歩き始める予定の大学生・井手裕介くん。

「あなたのカナダへの入国を許可します。ただし、トレイルを徒歩で経由した場合に限る」

 2週間前、帰宅してポストからエアーメールを取り出し、僕は思わず拳を握った。これで全ての準備が整った。あとは、自分の足を、頭を信じるのみだ。

 この、一見なんのことだかわからない不思議な文章は、日本人の僕がカナダに入国するための許可証(パーミッション)からの一文だ。入国地点はアメリカの北端、ワシントン州。

 でも、文面にトレイルって書いてあるじゃないか。その通り、僕はカナダに飛行機や車で入国するのではない。徒歩で、それも山道を経てカナダに入国する予定なのだ(あくまでそこまで辿りつければだが)。

灼熱の砂漠、峻険な高山、熊、サソリ、ガラガラ蛇を踏み越えて。

 国立公園発祥の地でもあるアメリカには、ロングトレイルという、ピークハント(頂上を目指す通常の登山)を目指すためではなく、自然と触れ合うための歩道がいくつかある。中でもスケールが大きく、世界的にも有名なものが、俗に「3大トレイル」といわれる道だ。

 東部の「アパラチアン・トレイル」、中央の「コンチネンタル・ディバイド・トレイル」、そして西に位置するのが、僕がこれから向かおうとしている「パシフィック・クレスト・トレイル」(PCT)だ。

 PCTは総距離2650マイル(約4260km)で、トレイルの南端がメキシコとの国境の町campo(カンポ)、北端はカナダのブリティッシュコロンビア州にあるmanning park(マニングパーク)。つまり、アメリカを縦断している1本道である。

 映画『バグダッドカフェ』の舞台、灼熱のモハベ砂漠でサボテンを見ることもあれば、アメリカ本土最高峰ホイットニー(標高4418m。正確にはルートから外れるけれど、僕は登りたいと思っています)に代表されるシエラネヴァダで白銀の世界に包まれることもある。熊やサソリ、そしてガラガラ蛇の出没報告もあり、気候、動植物共にバラエティに富んでいる。

 当然、そんなトレイルを全て歩き通すにはかなりの時間を要する(全行程を歩き通すことを「スルーハイク」と呼ぶ)。早い人で約4カ月、遅い人で半年程かかるという。それ以上に時間をかけてしまうと、降雪に見舞われ、トレイルの通過が出来なくなってしまうのだ。

 途中の峠などでヒッチハイクを利用して麓の町に降り、食糧や装備を補給しつつ、キャンプしながら歩く。こんな書き方をすると、映画『イントゥ・ザ・ワイルド』のような生死をかけた冒険を想像される方もいるかもしれないが、現地にはトレイルを歩くハイカーを受け入れるシステム、そして何より文化が整っており、未開の地を切り拓くわけではなく、歩く為に作られた道を進んでいくのだ。山道とはいえ“オン・ザ・ロード”なのである。

 僕は今日、4月22日、このPCTを踏破するべく、渡米する。

【次ページ】 普通の大学生が、米国のロングトレイルを目指すまで。

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