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「一戦入魂」を貫いた、
“不器用な天才”高見盛。
~14年間の現役生活にピリオド~ 

text by

佐藤祥子

佐藤祥子Shoko Sato

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photograph byKYODO

posted2013/02/13 06:00

「一戦入魂」を貫いた、“不器用な天才”高見盛。~14年間の現役生活にピリオド~<Number Web> photograph by KYODO

千秋楽は肩すかしで若荒雄を破り、取り組み後、じっと天を見上げた。

「ほら、高見盛を見てみろ。あんなの四股とは呼べないよ。よろよろ脚を持ち上げて下ろして、ただケツっぺたをペチッと叩いてるだけ。それでも小結までいったんだから、不思議なヤツだよな。たいしたものだよ」

 合同稽古で東関部屋を訪れたある親方が、腕組みしつつ嘆息し、苦笑いを浮かべる。相撲界には、「稽古場横綱」という言葉がある。稽古では強くとも、本場所の土俵では勝てない力士を揶揄するのだが、高見盛の場合は、その逆。三段目力士を相手に負けてしまうことが、ままあった。かつての兄弟子で、元横綱の曙が、高見盛を「稽古場序二段」と名付け、首を傾げていたものだった。

「最初の頃は、『稽古で力を抜くな!』と叱ったことがあったけど、どうも高見盛の場合は違う。稽古場、本割、どっちが本当の実力かわからないくらい。稽古場でも、あの『儀式』をやれば勝てるんだろうか……」

 制限時間いっぱい、顔を叩いて胸を撲り、気合い注入。小心の自分を鼓舞する高見盛独特の儀式は、けしてパフォーマンスではなかった。その証拠に、どんなに請われても、「見せ物ではありませんから。本場所の土俵以外ではできません」と、大真面目な顔で、キッパリと断るのだ。

「愚直」なだけでなく、高見盛は、ある種の「天才」でもあった。

「愚直」「生真面目」「純朴」と、その性格を表す言葉は数あれど、高見盛は、ある種の「天才」でもあった。先代師匠から部屋を引き継ぎ、高見盛の兄弟子にもあたる東関親方(元幕内潮丸)が、'99年春、日大相撲部からアマ横綱のタイトルを引っさげて入門した弟弟子を語る。

「今までに見たこともない右差しでね。相手の体勢を崩しながら差す。あれは人に教えられるものではない、彼独特の右差しなんですよね」

 同じ高砂一門で、一緒に稽古を重ねた朝赤龍も、高見盛を評価する。

「右だけじゃない。右から来るだろうと思うと、逆に左から差して来る。本当に差し身がうまい力士でした」

【次ページ】 「高見盛に負けると、ものすごく悔しいんですよ」

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