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<長き低迷から一転、強豪への道> マンチェスター・シティ 「そして黄金時代が始まった」 

text by

サイモン・マロック

サイモン・マロックSimon Mullock

PROFILE

photograph byAFLO

posted2012/10/18 06:02

日の当たる側のユナイテッドに対して日陰の存在であり続けてきた。
しかし新しいオーナーが来たことで、状況は一変し、
頼れる指揮官、分厚い選手層、多彩な戦術が優勝をもたらす。
“水色の血”が流れている地元記者がその半生を振り返る。

「お父さん、私もシティのシーズンチケットが欲しいんだけど」

 2008年夏、長女のケイティが突然話しかけてきた。僕は思わぬ告白に喜びながら、半面、少しためらいも感じていた。

 たしかにマロック家には「水色の血」が流れてきた。祖父母の代から数えると、80年近く一族でシティを応援してきたことになる。

 唯一の例外は父親だった。父はユナイテッドが大好きで、僕をオールド・トラッフォードに連れて行き、本物のデニス・ローやジョージ・ベスト、ボビー・チャールトンを生で何度も見せてくれた。

 だが僕はマロック家の遺伝子を受け継いだし、ケイティにも「英才教育」を施してきた。

 彼女がシティの試合を初めて見たのは4歳。'97年、メインロード(シティの旧スタジアム)で行なわれたブラッドフォード戦だった。

 この試合に立ち会うことができたのは、彼女にとって非常にラッキーだったと思う。シティは1-0で相手を下したが、勝ち試合を目の当たりにできるというのは、当時は決して当たり前のことではなかったからだ。

歴史の大半は「日陰」で、強面な連中がサポートしていたシティ。

 シティは、歴史の大半を「日陰」で過ごしてきた。そして日の当たる側には、いつもユナイテッドがいた。長女にシーズンチケットをせがまれた時に躊躇したのも、肩身の狭い思いをさせたくないという親心からだった。

 まずはクラブのイメージ。メインロードの周辺にたむろする連中の中には、強面な輩が多かった。シティのサポーターはチェルシー、ミルウォール、ウェストハムなどと並び、荒っぽいことで知られていた。

<次ページに続く>

【次ページ】 隣人のせいで霞んだ、'67-'68シーズンのリーグ優勝。

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