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<北京の熱投から4年> 上野由岐子 「やっぱりソフトボールしかないのかなって」 

text by

矢崎良一

矢崎良一Ryoichi Yazaki

PROFILE

photograph byMutsumi Tabuchi

posted2012/09/06 06:01

<北京の熱投から4年> 上野由岐子 「やっぱりソフトボールしかないのかなって」<Number Web> photograph by Mutsumi Tabuchi
記憶に残る熱投で日本中を沸かせた彼女は北京五輪の主役だった。
しかし、ロンドン五輪でソフトボールは正式種目から除外された。
幼い頃からの夢だった金メダルを手にしてから4年、
祭典のない夏を過ごした彼女が今、想っていることとは――。

 オリンピックはテレビでちょいちょい見てました。印象に残ってるシーンですか? 雨が多いなぁ。こんなに雨が降ったら、野外競技の選手は大変だなぁ、って(笑)。この競技とか、この試合というのは、とくに何も……。まあ一観客的な感じで見てますね。もう自分とは関係ない場所、みたいな。

 たしかに、これまでオリンピックというのは、私のソフトボール人生の中での大きな節目でした。とくに北京の時は、自分の気持ちの変化がいちばん大きかった一年でしたから。だけど今の自分に言わせれば、過去の話というか、昔の出来事であって、あの時の自分はこうだったなという感覚でしかないですね。今はもう、ソフトボールという大筋の道は一緒でも、違う道を歩いていると思っています。

 北京五輪から4年目の夏を、上野由岐子は所属チームのある群馬県高崎市で静かに過ごしていた。あの夏、球技としては'76年モントリオール大会の女子バレーボール以来となる快挙、それもソフトボール界の王者米国を死闘の末に撃破しての金メダル獲得に日本中が沸き返った。準決勝から2日間での3試合、413球を投げ抜いたエース上野は、一躍“国民的ヒロイン”となった。

取材依頼が激減する中、上野は「いかに楽しむか」を追求していた。

今年8月は、国体関東予選に群馬代表のエースとして登板。優勝に導いている。 

 しかし、それは同時に最後の檜舞台でもあった。北京を最後に女子ソフトボールは五輪種目から除外され、金メダリストは輝く場所を失う。

 五輪後、あれほど殺到したテレビ出演や取材の依頼は潮が引くように減り、日本リーグの試合会場にも、今では以前のような熱気は感じられない。そんな中で、上野は淡々と投げ続けてきた。

 今は、いかに楽しむかを追い求めています。試合の中で、どこが勝負どころか、投げながらわかっていますから。「ここはちょっと手を抜いてもいいケース」とか「ここはしっかり集中していかなきゃ」とか、使い分けてます。それで「このバッターだけは絶対に抑えなきゃ」という時だけ本気になる。打たれたとか点を取られたということに、全然一喜一憂していない。

 もちろん任された試合は自分の仕事をやらなきゃいけないけど、最終的に勝てばいいんでしょ、って感じで。味方が3点取ってくれたら、べつに2点まではあげてもいい。そういうピッチングをしている自分がいるんです。ゼロで抑えることがすべてじゃない。このバッターにいかにしてショートゴロを打たせよう、とか考えながら。だから、すごく楽しめています。

【次ページ】 「今はピッチングがすべてではない」と上野が話す真意。

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