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<五輪シンデレラガール対談> 岩崎恭子×柴田亜衣 「五輪と、金メダルと、人生と」 

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photograph byMiki Fukano

posted2012/07/27 06:01

彗星の如く登場し、世界を制した2人のスイマー。
夏に輝いたマドンナが、金メダリストになれた理由や、
当時の裏話、そして周囲の熱狂への率直な戸惑いまで、
オリンピックの不思議な魅力について語り合った。

岩崎   ロンドンオリンピックを前に、'92年バルセロナ、'04年アテネのシンデレラガールに(笑)、金メダルを獲った当時のこと、そしてオリンピックという舞台について話をしてほしいという編集部からのリクエストです。

柴田   私はどうかわからないけど、恭子さんはまさに夏のシンデレラですもんね。「今まで生きてきた中で、一番幸せです」という名言もありますし(笑)。

岩崎   私と亜衣は4歳差で、出場したオリンピックも種目も違うんだけど、最初のオリンピックでいきなり金メダルを獲って、その後苦しみながら2回目に挑戦したっていう意味で、すごく共通点がある気がするんだよね。

柴田   でも、恭子さんの場合、最初は中学2年生でしょう。バルセロナに向かう前って、どんな気持ちだったんですか?

岩崎   バルセロナの前は合宿をこなすだけで精いっぱい。まだ純粋だったから、コーチに言われたとおり全力でメニューをこなしてたら、すごくタイムが上がってきて、「本番ではどれぐらい出るんだろう?」って楽しみになってきたんだよね。

柴田   やっぱりメダルを獲るというより、タイムを目標にしていたんですね。

岩崎   うん、あくまで目標は「決勝に残りたい」ということだったから。そのためには日本記録が必要だと思って、自己ベストから1秒ちょっと縮めることを意識して練習してたんです。そうしたら、予選で一気に3秒以上更新できて。決勝でもメダルは意識してなくて、ただもう1回ベストを出そうと思ってた。

「現役の間、金メダルは段ボールに入れっぱなしでした」(柴田)

柴田   金メダルの瞬間ってどんなことを感じました?

Kyoko Iwasaki
1978年7月21日、静岡県生まれ。日本大卒業。'92年バルセロナ五輪200m平泳ぎでは、当時の五輪新記録となる2分26秒65 で金メダルを獲得。14歳で「今まで生きてきた中で一番幸せです」との名言を残した。現在は一児の母であり、スポーツキャスターとしても活躍する。

岩崎   私は、ただビックリした(笑)。

柴田   私の場合も、アテネの金は「獲れちゃった」っていう感じでした。ちょうど大学4年生で、五輪後に引退するつもりだったので、最後にメダルが獲れたらいいなって、少しだけ期待してました。でも、まさか金を獲れるとは思ってないから、まったく実感が湧かなかったです。「優勝しちゃいましたー。ありがとう」みたいな感じで(笑)。

岩崎   私は金メダルをもらって、そのままテレビ局をまわってインタビューが続いて、宿舎に帰ったらもう夜中の3時。相部屋の選手はもう寝ていて、起こしちゃいけないと思ったから、メダルはバッグの中に入れてすぐ寝ちゃった。

柴田   私のときは日程も終わりのほうだったから、帰ったら中西悠子さんたちが起きてて、みんなでワーッと騒いで、「首にかけて寝なよ」って言われたので、そうしたんです。で、朝起きてメダルを見て、「あ、私ほんとに獲ったんだ」って実感しました。でも、その後メダルを見ることはほとんどなかったですね。

岩崎   私も取材のときとか、人に見せる機会はあっても、自分から見ることはないな。

柴田   私は現役の間は段ボールに入れっぱなしでした。けっこうそういう人が多いんじゃないですかね。お酒飲みながらしげしげ眺めてたりしたら、ちょっと怖い(笑)。

<次ページへ続く>

【次ページ】 「運も必要だけど、私すっごく練習した」(岩崎)

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