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吉川光夫の才能開花を
促した3人の“ユウ”。
~ダルビッシュが託した願い~ 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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photograph byHideki Sugiyama

posted2012/06/08 06:00

吉川光夫の才能開花を促した3人の“ユウ”。~ダルビッシュが託した願い~<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

5月30日のヤクルト戦に先発した吉川は、5回無失点で今季6勝目を挙げ、昨季までに挙げた自己通算勝利数に早くも並んだ。

 1つの勝ち星が、才能を発揮できずにいた投手を変えることがある。

 4月8日のロッテ戦で、1438日振りの勝利を挙げた日本ハム、吉川光夫もそんな一人だ。この1勝から、あれよあれよという間に6勝を挙げて、今やチームの勝ち頭。しかも防御率はリーグ1位の1.19(6月7日現在)と、ダルビッシュ有の抜けた穴を十分に補っている。

 甲子園には出場できなかったものの、広島・広陵高から'07年に高校生ドラフト1位で入団。1年目に4勝を挙げ、この年の日本シリーズ第4戦で先発を任されたほどの逸材だった。シリーズの大一番で抜擢したのは、当時投手コーチだった佐藤義則。ところが翌年はわずか2勝に留まり、勝てない日々が始まる。

 結果を求めるあまりに、四球で自滅して、首脳陣の信頼を失った。四球を意識すればするほど、腕が縮んでストライクが入らない。そんな悩める吉川に救いの手を差し伸べたのが、入団当初から才能を認めていたダルビッシュだった。楽天の投手コーチを務めていた佐藤のもとに吉川を連れていき、「こいつはヨシさんじゃないと駄目ですから、見守って下さい」と頼んだ。佐藤は日本ハムとの試合があるたび「余分なことを考えず、腕を思い切り振って投げろよ」と、かつての愛弟子にアドバイスを送り続けた。

同い年の斎藤佑樹や、高校の後輩・野村祐輔の活躍を見て。

 転機となったのは、栗山英樹の監督就任だった。新指揮官は吉川を見て、制球のことは一切口にせず、「いい球じゃないか」と絶賛。その上で「今年ダメだったらユニフォームを脱がす。転職は早い方がいい」と開き直りを求めた。兄貴分のダルビッシュが去り、同い年の斎藤佑樹が開幕投手に、高校の後輩、野村祐輔が広島でローテーションを守っている。こうした状況に、「プロに6年もいて、このままでいいのだろうか」と心機一転、開き直った。3人の“ユウ”の存在が刺激になったことは間違いない。

「プロに来る選手はいいものがあるはず。その長所を伸ばしていければ」と語る栗山の期待に見事応え、今季登板した8試合ではいずれも安定したピッチングを見せている。多くの人に支えられた1勝で変身出来た吉川は、4年振りの勝利を挙げた日、佐藤の留守番電話に「言われていたことが、少し理解できるようになりました」とメッセージを吹き込んだ。

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