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センバツの主役は勝者だけにあらず。
準優勝の小倉監督は隠れた名将。 

text by

氏原英明

氏原英明Hideaki Ujihara

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2010/04/05 15:00

センバツの主役は勝者だけにあらず。準優勝の小倉監督は隠れた名将。<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

惜しくも優勝を逃した日大三ナインと小倉監督

 悲しい現実――。

 鮮烈な戦いを演じた準優勝校を見るたび、その想いが巡る。数年後には彼らの勇姿も風化してしまうのだと、そのことを受け止めなければならない現実が悲しい。

 決勝戦前日のとある宿舎。

 翌日の決勝戦へ向けた想いを語る、日大三・小倉全由(まさよし)監督の話を聞いて、こう思わずにはいられなかった。

 なぜ彼はもっとクローズアップされてこなかったのだろう?

 夏優勝1回、春準優勝1回の実績を見れば、れっきとした高校野球界が誇る名監督の一人であるといっていい。通算勝利数は今大会を含めて23勝を数え、伝統ある日大三を甲子園常連校にのしあげたのは彼の功績によるものだ。

 なのに、なぜだか、名将と呼ばれない。いや、そういう雰囲気がしないのだ。

エースを「ヤマちゃん」と呼ぶ小倉監督は「父親のよう」。

 小倉には、多くの高校野球監督がそうであるような、偉ぶった態度やきな臭さがない。年齢差が広がった選手との距離感は今でも近く、たとえばエース山崎福也を「ヤマちゃん」とニックネームで呼ぶ懐の大きさはとてもベテラン監督っぽくない。実に清々しく映るのである。

「父親のような存在。グラウンドでは厳しいのですが、寮では優しくて、親しみやすい。メリハリがある。尊敬できる監督さんです」

 大会で記録員を務めた梅田健人、最後にベンチ入りを果たした捕手の加藤裕哉が口をそろえた。

今も昔も、小倉監督の野球の特徴は“圧倒的な攻撃力”。

 決勝戦当日、監督自身にとっては3度目の舞台だが、選手にとっては初体験。小倉は早朝散歩で選手たちにはこう話しかけている。

「決勝戦の朝は違うだろう。どんな気持かよく覚えておけよ。3年生にとっては、一生の中で最初で最後の春の決勝の舞台。ヤマちゃんどうだ? 決勝戦に出ることってすごいことだろ。思い切って投げろよ」

 小倉の野球、それは攻撃型の野球。圧倒的な打撃力で全国の頂点に立った'01年夏も、そして今年も、攻撃力が売りのチームで甲子園に乗り込んでいる。特徴的なのはよくバットを振ってくることだ。通常、異なるタイプの投手との経験がすくないセンバツでは、なかなか初球からフルスイングすることが難しい。夏は攻撃力を売りにしたチームが多いのに、春は投手を中心とした守備型のチームが優勝を飾っている背景にはそうした理由がある。

 今大会2回戦で興南・島袋洋奨に抑えられ、大会を去った智弁和歌山・高嶋仁監督はこう話していたものだ。

「春の時点では左腕を打ち崩すのは難しい。理由はまだ、打者が慣れとらんからでしょう。春の優勝投手に左腕がいるけど、夏はあんまりおらんでしょう」

【次ページ】 興南・島袋を追い詰めた「甘い球を狙ってフルスイング」。

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