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<4年間の集大成> 安藤美姫 「揺れ動く感情の間で」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byTsutomu Takasu/JMPA
posted2010/03/10 10:30
ふたつの感情の間で、揺れ動いているようだった。
笑顔ではあった。でもどこか、自分の感情を、自分自身で持て余しているかのようだった。
2度目のオリンピックに、安藤美姫はいくつもの願いを込めていた。
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今シーズンになってまだ一度も披露することのできていない、心から納得のいく演技をしたい。
日本代表として自分を選んで間違いなかった、と言ってもらえるような演技をしたい。
その延長に、メダルを思い描いていた。
すべては、4年前のトリノ五輪の苦い思いが前提となっていた。大きな注目を集める中で15位に終わったあの日だ。自身でも納得がいかなかったのはむろんのことだが、非難を浴びせられ、潮が引くように去っていった人々に愕然とし、苦しんだ。
這い上がれたのは、温かく励ましてくれたファンの存在だった。だからこの舞台で感謝したい、トリノの二の舞にならないように、4年分の成長を示したい。
固く誓って臨んだのが、バンクーバー五輪であり、集大成の演技を見せる場であるはずだった。
「1人でも多くの人に自分のスケートを覚えてもらって、心のメモリーに残してもらえたら、そう思います」
試合を前に安藤はあらためて、信念を言葉にした。
笑みの消えた硬い表情でスコアを見つめた。
最終滑走者として迎えたショートプログラム。決意は、冒頭に表れていた。
「絶対に取り入れて、成功させたい」
常に口にし続けてきた3回転+3回転の連続ジャンプに、ついにチャレンジしたのだ。回転不足と判定されたが、そのまま崩れはしなかった。ミスなく滑り終えると、安藤は、キス&クライでコーチのニコライ・モロゾフとスコアを待つ。ようやく、かすかに笑みがこぼれる。得点は、64.76で4位。表情がすっと硬くなった。思ったほど伸びなかった。
「オリンピックは、なんだかんだ、やっぱり(ほかの大会と)違う試合なので。どういう点数が出るかっていう予想はまったくなかったです」
安藤は、ジャッジからの評価を淡々と受け止めた。
「点数とか順位にこだわらずに、フリーも自分らしさを忘れずに。本当にもう最後だと思ってがんばりたいです」