Column from EnglandBACK NUMBER

シアラー監督就任の笑えない冗談。 

text by

田邊雅之

田邊雅之Masayuki Tanabe

PROFILE

photograph byGetty Images/AFLO

posted2009/04/04 07:00

シアラー監督就任の笑えない冗談。<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 BBCがエイプリルフールにジョークのニュースを流すのは有名だが、今年はニューカッスルからも耳を疑うようなニュースが届いた。なんとアラン・シアラーが、マグパイプス(ニューカッスル)の監督を引き受けたというのである。

 むろん、日本でも喜んでいるファンは多いだろう。シアラーは90年代のイングランドサッカー界を象徴する名CFだったし、愛するクラブを救うために「レジェンド(伝説的な選手)」が一肌脱ぐというストーリーは、彼の地で撮影された映画「GOAL」のシナリオよりも感動的だ。現にシアラーは、昨日行なわれた初の記者会見で述べている。

「大事なのは自分のことじゃない。このフットボールクラブをプレミアリーグに残留させることだし、自分は可能な限り全力を尽くすつもりだ」

 だが個人的には素直に喜ぶ気になれなかった。シアラーのファンやトゥーンアーミー(ニューカッスルサポーター)には悪いが、腑に落ちないところが多すぎるからだ。

 まずはシアラー本人のキャリアである。今日に至るまで監督としてチームを率いた経験はゼロ。現役引退から3年近く経つが、監督になるために必要なライセンスもとっていない。それどころか識者からは、基本的に指導者に不向きなのではないかとさえ言われてきた。たしかに選手時代に「闘将」としてならしたことや、テレビでの迷解説者ぶりを考えると、相手を冷静に分析したり戦術を駆使したりするよりは、気合いや精神論でなんとかしようとする“スポ根”系になる危険性は大いにある。

降格圏内の今なぜシアラーなのか?

 仮にこれが順調にいっているクラブなら、百歩譲ってそれでもいいのかもしれない。だがチームは降格圏内の18位で、シーズンは残すところ8節。しかも行く手にはチェルシー、トットナム、リバプール、アストン・ビラといった難敵が待ち構えている。12位のボルトン以下、最下位のウェストブロムまで9チームが10ポイント以内にひしめく団子状態とはいえ、予断は許されない状況にある(4月2日時点)。

 シアラーは、「非常に優秀な選手が揃っているし、今は自信を失っているに過ぎない。あとは彼らの力を最大限に引き出すだけだ」と断言したが、引き出せるだけの力がチームに残っているかどうかも疑問符がつく。

 得点源のオーウェンは例のごとく故障がちで、ビドゥカは今シーズン6試合に出場したのみ。攻撃に関してはアメオビやマルティンスといった、セカンドストライカーならぬ"セカンドクラス"ストライカー頼みが続いている。ニューカッスルを応援してきたイングランドの友人曰く。「どうせなら、シアラーには選手として復帰してもらいたかった」

 中盤にはダフやアラン・スミス、バットといった面々がいるが、バットの孤軍奮闘ばかりが目立つ。守備陣はさらに壊滅的だ。昨シーズンほど酷くはないとしても、GKのシェイ・ギブンが2月にマン・シティに移籍したことで、ただでさえ心許ない守備陣が一層手薄になってしまった。

 では何故このタイミングで、よりによってシアラーなのか。キニアー監督が心臓のバイパス手術を受けるために代行を立てていたとはいえ、本当に窮地を脱したいのであれば、経験豊富な人物を据えるのが定石だ。現地メディアで密かに囁かれているのは、クラブが次のような「算盤」を弾いたという説である。

 まず、新監督を任命しておけば、クラブ側としては一応の策を講じた格好になる。ましてやシアラーは「アンタッチャブル」な存在であり、起用そのものを批判しにくい雰囲がある。最悪の場合でも、残り試合数の少なさや監督経験のなさがセーフティネット(最後の口実)となり、シアラーの面子が保たれるという計算だ。早い話、シアラーを監督に据えたのは、残留に向けての前向きな選択ではなく、むしろ降格に備えた「ダメージ・リミテーション(被害限定)」ではないかというのである。

格式の高さを誇った名門チームだったが……

 しかしニューカッスルともあろうクラブが、この種の下世話な詮索の対象になるのは嘆かわしい限りだ。最近でこそ影は薄いが、90年代半ばにはマンUと覇を競ったこともあるし、2001年から2003年にかけては4強にも食い込んでいた。

 またニューカッスルは、イングランドサッカー界の「保守本流」を自認する名門でもあった。典型的な炭鉱地帯のクラブで、他のチームに比べて4協会出身の白人選手が占める割合が多く、監督にもキーガンやロブソン、スーネスやダルグリッシュといった錚々たる人物を招聘。「格式」の高さは、トニー・ブレアがファンだと公言していたことからも窺える。しかもサッカーの伝統の悪しき側面――荒っぽい雰囲気――は極めて少ない。街並み同様、スタジアムはとても美しいし、サポーターも情熱的でありながらマナーがいい。セントジェームスパークは、最も安心して観戦に出かけられるスタジアムの一つだ。

 今シーズンは何とか残留にこぎつけて欲しい。そうすれば名門としての地位をかろうじて保つことができるし、さしあたってシアラーの威光に傷がつくことも避けられる。救世主が現れたと感涙に咽んだサポーターも救われるはずだ。さもなければ今回の決定は、エイプリルフールどころか、誰も笑えないブラックジョークになってしまう。

■関連コラム► オーウェンをリバプールに戻らせる方法、教えます。 (2007年5月25日)
► 古豪ニューカッスルの苦悩と迷走。 (2006年1月20日)

関連キーワード
ニューカッスル

ページトップ