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谷不在の女子柔道界で、
ついに世代交代始まる。 

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byTakaomi Matsubara

posted2009/04/14 07:00

谷不在の女子柔道界で、ついに世代交代始まる。<Number Web> photograph by Takaomi Matsubara

 他を圧倒する第一人者の存在は、次代の選手の成長にとってプラスかマイナスか。

 どちらも言えるかもしれない。壁の高さに希望を失い伸び悩むことも、壁を乗り越えようと成長することもある。

 第一人者が不在の場合も同じだ。高い目標のないことで飛躍できないことも、逆に自ら第一人者になろうと励む場合だってある。

 では、柔道女子の48kg級はどうか。谷亮子が長年君臨してきた階級である。谷本人の五輪、世界選手権での実績もさることながら、柔道の実績を重視する代表選考ゆえに、国内で敗れても国際大会の代表の座は谷のものであった。他の選手が自力で代表の座を得ることは不可能であるかのように思えるほどだった。谷本人の実力、それに取り巻く状況も含め、あまりにも高い壁であった。

北京五輪後、女子柔道界はガラリと変わった。

 だが北京五輪で谷亮子が金メダルを逃すと状況はかわる。全日本柔道連盟幹部の「今後は特別扱いしない」との発言も飛び出すまでになったのである。

 その後、第二子妊娠により谷は休養に入り、今夏の世界選手権代表最終選考を兼ねた全日本選抜体重別選手権(4月4・5日)も欠場。かわって世界選手権代表となるのは誰か注目される中での大会となった。

 優勝候補と見られていたのは昨年の全日本女王であり世界ランク1位の山岸絵美、そして一昨年の女王である福見友子。大会が始まると、両者とも苦戦が続いた。山岸は初戦、準決勝とゴールデンスコアにもつれる中で苦しみながら勝利。福見もまた準決勝でゴールデンスコアにもつれての辛勝であった。

 それでも両者ともに勝ち上がり、迎えた決勝。勝利したのは福見だった。動きは本来のそれではなかったが、山岸の技をうまく返して有効2つを奪い優勢勝ち。

「以前とは世界への意識が違います。自分が世界でやってやる気持ちが沸いてきました。フクミトモコがどういう選手かを世界に見せたいです」

 試合後の表情は、喜びよりも試合での気合いを持続させているかのようだった。

 大会後、世界選手権代表選考が行なわれた。「山岸が選ばれるんじゃないか」「福見になるかもしれないなあ」全日本柔道連盟の関係者がささやく中、48kg級代表に選ばれたのは優勝した福見だった。

 日本代表女子監督の園田隆二氏は、「山岸が勝っていれば山岸でした。気持ちを出せた方の選手を選びました」と説明した。物議をかもしたこの2年とは違い、勝った選手が選ばれるシンプルな選考だった。

48㎏級での日本の独壇場は続いている。

 100kg級・穴井隆将が手堅く優勝を手にし、66kg級で内柴正人が他者を寄せ付けない強さをみせつけはしたが、全般に、期待される選手が力を出し切れないなど低調に終わった大会にあって、活況を呈したのが48kg級だった。

 実は48kg級は、新春から欧州で行なわれた主要国際大会すべてを日本選手が制した男女を通じ唯一の階級である。ワールドランキング制の導入のもと、今季から4大大会の一つと認定されたグランドスラム・パリでは山岸が、それに次ぐカテゴリーのグランプリ・ハンブルクでは福見が優勝。ワールドカップでも、ソフィア大会、ウィーン大会で20歳の浅見八瑠奈、プラハ大会は21歳の伊部尚子が優勝。若い世代が成長しているのは海外での結果からすでに明らかであり、全日本選抜はそれをあらためて確認できた場であった。

 理由をあげれば、やはり北京五輪を経ての状況の変化にあるだろう。越えようがないと感じさせるほど高かった壁は消えた。

「次は私が」

 試合にはそんな思いがあふれているようであり、福見の試合後の言葉は象徴的である。

 初めて世界選手権代表になった福見も安泰ではいられない。山岸も巻き返しを図るはずだ。若い選手もひしめいている。やがて谷も復帰するはずだ。

 ロンドン五輪を目指し、気の抜けない戦いが、きっと続いていくだろう。

■関連コラム► ランキング制導入で問われる全柔連の姿勢。 (2009年1月16日)
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