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憧れの選手を支えるために。 

text by

小尾慶一

小尾慶一Keiichi Obi

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photograph byGetty Images/AFLO

posted2004/09/28 00:00

 アメリカスポーツ界を揺るがしたコービー・ブライアント事件はあっけなく幕を閉じた。9月1日に検察側が急きょ訴追を取り下げたのだ。

 ブライアントが婦女暴行容疑で逮捕されたのが昨年7月。その後、国中のメディアを巻き込み、1年以上に渡って検察側と弁護側の激しい駆け引きが繰り広げられた。その結末がこれである。女性側は賠償金を求めて民事訴訟も起こしており、事件は完全に終わったわけではない。だが、陪審員選手の段階で裁判が終結したため、結局彼が有罪なのか無罪なのか、我々には知ることも判断することもできない。

 釈然としないが、それにしてもコービーのような地位にいる者がどうしてこのような騒ぎに巻き込まれて――あるいは引き起こして――しまったのか。皮肉なことに、答えはその疑問の中にある。億万長者のスターだからこそ危機に陥ったのである。

 犯罪ジャーナリストであるジェフ・ベネディクトは、コービー騒ぎの渦中に出版された自著”Out of Bounds”の中で、調査したNBA選手177人の内40%が刑事告発された過去を持つと主張した(選手全体を調査すれば率は大幅に下がる可能性がある)。昨季のNBA選手の平均年齢は約27歳、平均年俸は約5億円である。18歳だったレブロン・ジェームズに至っては、年俸約4億5000万円に加えて、ナイキ他数社とそれをはるかに上回る巨額のスポンサー契約を結んでいた。ベネディクトが挙げた数字の正誤はともかく、このような状況では誰でも自分を見失いかねない。

 だが、実は、NBAは若手選手の教育に熱心なことで知られている。たとえば、NBAに入った新人はRTP(ルーキー移行支援プログラム)と呼ばれる6日間の集中コースを強制的に受けねばならない。これはアメリカプロスポーツ界有数の包括的プログラムであり、ここで彼らは「品性・イメージ・倫理」「地域奉仕」「安全運転」「ドラッグ・アルコール教育」「金融・財産管理設計」「セクシャル・ハラスメント」「ストレス管理」「異性間暴力」「ギャンブル」などの講義を受け、幅広い知識を身に付ける。中には、演劇鑑賞の授業もある。役者たちが舞台に上がり、危機に陥った選手を演じてみせるのだ。場面設定があまりにリアルなため、どの選手も真剣に耳を傾けるという。

 それにも関わらず犯罪行為に手を染める者がいるのは事実だが、だからと言ってこうしたプログラムが有効でないとは言えない。最終的に選手個人の問題だからこそ、その個人を支援する姿勢が必要になるのではないだろうか。そのためにも、我々ファンはRTPのような地道な活動にもっと目を向けるべきなのかもしれない。注目を集めることでそうしたシステムがさらに充実・拡大することも十分にあり得る。憧れの選手を応援するには、プレーに声援を送るだけでは足りない時もあるのだ。

 今年のRTPは9月18日から22日にかけてニュジャーシー州のパリセーズで行われた。講師として招かれたのは、各分野の専門家、元NBA選手、ソーシャルワーカー、教職者など。通常のプログラムに加えて、外国人選手には別枠で研修があり、「異文化への適応」「言語の壁を克服する」「NBAスタイルのバスケットボールへの順応」などの講座を受ける。先日フェニックス・サンズと複数年契約を交わした田臥勇太もこのプログラムに参加した。サンズのプレシーズンゲーム初戦の相手はロサンゼルス・クリッパーズで、試合は10月13日に本拠地のアメリカウェストアリーナで行われる。

コービー・ブライアント
ロサンゼルス・レイカーズ

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