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セオリー違反のバント;絶賛されたロレッタと、非難を浴びたイチローの違い 

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李啓充

李啓充Kaechoong Lee

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posted2006/05/12 00:00

セオリー違反のバント;絶賛されたロレッタと、非難を浴びたイチローの違い<Number Web> photograph by Gettyimages/AFLO

 5月5日のオリオールズ対レッドソックス戦、一打逆転の場面で敢行された「セオリー違反」のセイフティ・バントが、試合後、「勝利の決め手となった好プレー」と、ファンからも評論家からも絶賛された。

 セオリー違反のバントが行われたのは、6回裏、レッドソックスが3対3の同点に追いついた直後、2死1・2塁とした場面だった。2番打者のマーク・ロレッタが3塁線のセイフティ・バントに成功、2死満塁とチャンスを広げたのだが、このバントがなぜ「セオリー違反」となるのか、以下に説明しよう。

 バント直前の時点で、ロレッタの打率は2割2分0厘、次打者デイビッド・オーティースの打率は2割6分7厘だった。ここで、バントした場合、点を入れるためには、「バントを成功させた上で次打者もヒットを打つ」という「二重の成功」が必要となる。仮に、バントが6割という非常な高率で成功すると仮定した場合、「二重の成功」で点が入る確率は0.6 x 0.267 = 0.160 (16%)となるが、打率が2割2分0厘のロレッタが単純に打ちに行った方が点の入る確率(22%)は高く、「セオリー」的には、バントは愚策となるのである。

 逆に言うと、この状況でバントが愚策とならないためには、バント成功の確率Pが、Px 0.267 > 0.220の不等式を満たすことが条件となる。この不等式を解くとP>0.824となり、バント成功の確率が82.4%より高いと予想される場合に限ってセオリーに違反しないことになるのだが、ロレッタが、打席に向かって歩く間にこの不等式を解いたはずもなく、直感的に「絶対に成功する(確率 100%)」と確信したからこそ、あえてセオリー違反のバントを敢行したのである。しかも、次打者は、チャンスでの強さはメジャー一といわれるデイビッド・オーティース、ロレッタにしてみれば、これほど「セオリー」にかなった作戦もなかったのである。

 果たして、ロレッタのバントは、完璧に無警戒だった3塁手の前にぽとりと落ちる内野安打となった上、次打者オーティースは二塁打を放って満塁の走者を一掃、ロレッタの目論見はまんまと成功したのだった(逆転に成功したレッドソックスはそのまま6対3と逃げ切った)。

 ロレッタの「セオリー違反」のバントが絶賛されたのは以上のような状況でだったが、読者は、一昨年、イチローが、類似の状況でやはりセイフティ・バントを試み(それも2回)、「チームの勝利よりも自分の記録挑戦を優先した」と、米国の野球関係者から厳しく非難された事件を覚えておられるだろうか?

 当時、イチローは、ジョージ・シスラーのシーズン最多安打記録に挑戦中だったが、「セオリー違反の状況でバントをすれば守備側が完全に無警戒なので成功の確率も高くなる。そうまでして安打記録を作りたいのか」という誤解を生んでしまったのだった(日本では、ともすると「自分がヒーローとなるチャンスを他の選手に譲るなど、(状況のいかんによらず)『自己犠牲』の精神を発揮することがチームプレー」とする傾向があるが、イチローもそうした日本式の考え方に染まっていたのだろうか?)

 ともにセオリー違反のバントをしたロレッタとイチロー、かたや「勝因」と絶賛され、こなた「自分勝手」と批判された違いは、いったい、どこから来たのだろうか?まず、何よりも、ロレッタがバントに成功したのに対し、イチローは2度とも失敗と、結果が正反対であったことは指摘されなければならないだろう。もし、ロレッタがバントに失敗していたら、「セオリーを無視した上にチャンスをつぶした大馬鹿プレー」と、厳しく非難されていたことは間違いないからである。

 しかし、イチローの場合、たとえバントに成功していたとしても、やはり、「セオリー違反」が非難されていたことに変わりはなかっただろう。というのも、ロレッタがチーム一の強打者オーティースにタイムリーヒットを打つ期待を託したのに対し、イチローは、チーム一の強打者(=自分)から、タイムリーヒットを打つ機会を奪ったからである。

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