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安藤美姫 浅田真央 高橋大輔
それぞれの涙。 

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宇都宮直子

宇都宮直子Naoko Utsunomiya

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posted2007/04/05 00:00

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[世界フィギュア速報]安藤美姫 浅田真央 高橋大輔 それぞれの涙。

 

 

宇都宮直子=文

text by Naoko Utsunomiya

 

 東京・赤坂、世界フィギュアスケート選手権2007オフィシャルホテル。

 男子のショートプログラムが行われた日、中野友加里は、ロビーで誰かを待っていた。しばらくして、安藤美姫がエレベーターを降りてきた。流行のニットの帽子をかぶり、笑顔で、中野に手を上げる。

 それから、ふたりはファンや関係者の間を抜け、ホテルの外に出て行った。

 試合の近い緊張を感じさせることなく、明るく楽しげに。

 浅田真央は、昼食の前、引退を発表した井上怜奈の姿を見つけた。井上はひとりではなかったので、短く簡潔に挨拶。そして、昼食をしっかり食べる。その代わり、夜は食べないつもりだ。浅田の表情も柔らかく、とても朗らかだった。

 3人はこれから、高橋大輔、織田信成を応援に行くことになっている。女子ショートには、まだ2日ある。とは言え、彼女らのたくましさはどうだ。

 たぶん、そこに集う世界の関係者は脅威を感じただろう。日本は、技術的に非常に高い水準にある。選手たちはなにも臆していない。恐れてもいない。生き生きと、いつもと同じように、毎日を過ごしている。

 男子ショートプログラム、高橋は実力を存分に発揮した。本人は「最悪」と評したが、本当に最悪なら、3位にはなれない。ほかの選手にミスはあったとしても、幸運は実力が伴わなければ望めないものだ。

 14位と出遅れた織田は、ホテルで浅田と偶然出会った。頑張って。頑張るよ。交わした言葉は短かったが、織田は嬉しかったのではないか。硬さはあったけれど、彼はたしかに笑った。ただ、織田は、翌日のフリーでも上手くいかなかった。フリーの演技が終わったあと、記者席ではすぐに声が上がった。

 「1回多いんじゃないか?」

 連続ジャンプは3回までと決められている。それ以上跳んでも、得点にはならない。結果は7位。演技内容が悪くないだけに、いかにも残念だ。自身がいちばん悔いているだろうが、同じミスを3度も繰り返してはいけない。

高橋の演技を後押しした、うねるような大声援。

 それに対して、高橋のフリーは素晴らしかった。4回転ジャンプで手を付くミスはあったが、ほかを無難にまとめて2位、銀メダルを手にする。

 そのメダルには、会場の後押しも大きかったと言えよう。ステップに入る前の歓声は、ものすごかった。高橋は浴びた。リンクを囲む四方から、うねりのような声援を。むろん、それは彼の力の証明でもあるが、自国開催の「利」を思わせた一瞬だった。

 表彰台の高橋は、何か重いものを下ろしたような、清々しい顔をしていた。常に使われてきた言葉、「重圧に弱い」を返上し、彼は歩を進める。日本のエースとして、バンクーバーへ向けて。

 浅田、安藤、中野。日本の女子は男子よりさらに強力だ。

 とくに、浅田が普段通りの演技をしたら、世界に敵う選手はいないだろう。安藤は、過去にこう発言している。

 「真央は本物の天才。真央がシニアに上がってきたら、誰も勝てないですよ」

 しかし、'07年の世界チャンピオンになったのは、安藤だった。

 代名詞のように語られ、本人も「跳ぶ」と公言し続けている4回転を、彼女はこの大会でも封印した。それは、今回に限って言えば、きわめて攻撃的な戦法であったろう。

 ショートプログラムで、浅田はコンビネーションジャンプを失敗し、5位という信じがたい順位でフリーを迎えた。首位、ユナ・キム(韓国)との得点差は 10.63点、2位安藤との差は6.66点。ステップからのトリプルアクセルという、女子では浅田にしか跳べないジャンプがあるにせよ、上位にミスがなければ、逆転は厳しい状況に追い込まれたのである。

 ただそれでも、多くのファンはフリーを楽しみに待ったのではないか。浅田はきっと盛り返してくるに違いない。真央は、必ず挽回するだろう。

 事実フリーで、浅田はほぼ完璧だった。トリプルアクセルも、トリプルトリプルも決まり、ジャンプでミスの続いたユナを抜き首位に立つ。そして、最終グループの最終滑走者が安藤だった。

 この滑走順は、通常ならあまりいい順番ではない。身体は冷えるし、プレッシャーにも最後まで晒されるからである。しかし、これも今回に限れば、安藤に不利にはならなかった。

 彼女は、見ることができた。ライバルたちの演技を確かめることができた。もうひとつ、彼女はこの日、十分に気持ちが整っていた。冷静だった。

際どい世界王者争いは、勝負にこだわる姿勢が分けた。

勝つために、世界チャンピオンになるために、4回転は必要なかったのである。安藤は言った。「朝の練習では4回転も跳べていました。でも、自分の持てる力を出し切ろうと思って、3回転にしました」

 銀メダルの浅田との得点差はわずかに0.64点。勝敗を分けたのは、安藤の姿勢だ。トリノオリンピックの15位を経て、彼女は変わった。繊細で、泣き虫で、甘えん坊だった少女は19歳となり、表彰台のいちばん高いところに立っている。幸せそうな笑みを浮かべ、昇ってゆく日の丸を見ている。

 最後になったが、中野の演技も素晴らしかった。転倒はしたが、彼女は果敢にトリプルアクセルに挑んだ。2大会連続の入賞を心から称えたい。今回、日本代表は、新しい歴史を作った。そして、彼らの道は続いている。絢爛な闘いは、さらに激しさを増して。

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