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<甲子園特集> 沖縄野球の目指す場所。~ふたつの名門校を訪ねて~ 

text by

石田雄太

石田雄太Yuta Ishida

PROFILE

photograph byTamon Matsuzono

posted2009/08/04 11:30

興南高野球部グラウンド。プロ野球選手を多数輩出しており、メジャーリーグに挑戦し、横浜などで活躍したデニー友利もOBのひとり

興南高野球部グラウンド。プロ野球選手を多数輩出しており、メジャーリーグに挑戦し、横浜などで活躍したデニー友利もOBのひとり

'99年、春。初めて紫紺の優勝旗がもたらされたが、いまだ夏の優勝は叶わぬ沖縄県。なぜ彼らは、あと一歩勝ちきることが出来ないのか。
古豪の練習と地方大会を密着取材。島国ならではの問題――。そのひと言だけでは片付けられない、課題と魅力が確かに見えてきた。

 こん、ちわー。

 遥か彼方の選手たちが一斉に帽子を取って頭を下げる。陽射しが照り返して、眩い眼下のグラウンドには、真っ白なユニフォームを着た130人の野球部員が散らばっている。

 こん、ちわー。

 こん、ちわー。

 ちわー、ではない。こん、ちわーなのだ。こん、が遠くからでもハッキリと聞こえる。高校球児は、ちわー、とか、ちわーす、だと思っていたのに、興南球児は全員が、こん、ちわー、だったので、やけに新鮮だった。

興南の我喜屋監督は特等席から選手を見つめる。

 レフト側にある体育館の脇から、かなりの段数がある石段を下りきったところに、グラウンドはある。監督はどこだろう。そう訊ねると、一人の野球部員が教えてくれた。

「監督は、いつものところです」

 彼が帽子を持ったままの右手で指し示したセンターの方向を見てみると、レフトからセンターにかけて観客席のように横たわる石段の最上段に、古ぼけたスコアボードがあった。その前にイスが一つ、置かれている。そのあたりは、木陰になって陽射しが届かない。風通しもよく、涼しそうだ。

「あそこは、監督の特等席です(笑)」

 興南高校は、沖縄・那覇の新都市地区を見渡せる高台にある。眼下にグラウンドを見渡せる特等席に、我喜屋優監督は足を組んで座っていた。背筋がピンと伸びていて、とても還暦が近い歳には見えない。容赦のない陽射しの中、センター最上段の特等席まで、ぜえぜえと息を切らして上っていった。すると、我喜屋監督が声を掛けてくれる。

「どうぞ、ここらは涼しいですよ」

 後方には、ガジュマルの木が並んでいた。

「コウモリが実をつつくんで、大変なんです。陽が当たらないからって、ガジュマルの木の下に車を停めてしまったら、赤い実だらけになって、エラいことになりますよ(苦笑)」

41年前の「興南旋風」。我喜屋監督は主将だった。

 沖縄の高校野球にとっては黎明期の目覚めともなった、41年前の夏。興南が沖縄勢として初の甲子園ベスト4に進み、『興南旋風』が盛り上がったとき、4番センターだった我喜屋監督は、キャプテンとして“KONAN”のユニフォームを着ていた。卒業後、大昭和製紙に進み、静岡へ、さらには北海道で、選手として都市対抗を制覇。沖縄から日本一まで上り詰めた野球人として、引退後は大昭和製紙北海道の監督を長らく務めた。

写真興南高野球部の監督を務める我喜屋優。妥協を許さないその指導は有名で、雨の中、選手たちに長靴を履かせて練習をさせたこともある

「あのときのベスト4は『オレたちでもやればできる』という目覚めをもたらしてくれたよね。それから38年も沖縄を離れて、それでも沖縄のことはずっと気になっていたよ。僕がいた頃とは、沖縄の野球はまるで変わっている。物質的にも人的にも豊かになったし、プロや大学が沖縄でキャンプを張ってくれていることも大きいんじゃないかな」

 '80年から4年連続で夏の甲子園に進み、ベスト8に残ったこともある興南は、'84年以降、24年も甲子園から遠離っていた。その間、沖縄の高校野球は着実に前へ進んだ。とりわけ、'90年代は劇的だった。沖縄水産が'90年から2年連続で夏の準優勝、'99年には沖縄尚学が春のセンバツで優勝し、沖縄勢がついに初の全国制覇を成し遂げた。'06年には八重山商工が離島から初の甲子園出場を果たし、'08年の春、センバツで沖縄尚学が2度目の優勝。

 沖縄では「大臣が先か、離島から甲子園に行くのが先か」「総理大臣が先か、甲子園での優勝が先か」などと言われていたが、沖縄勢はそんなハードルを次々と越えてきた。しかし、北海道から沖縄の高校野球を見つめてきた我喜屋監督は、まだまだ手厳しい。

「沖縄の子は、冬の過ごし方にメリハリがないからね。せっかく一年中、野球ができるのに、その有り難みもわからないままで野球をやっているから、春先は差をつけていても、夏になれば内地の子に逆転されちゃう。沖縄が夏のハードルを越えるのは容易じゃない」

<次ページへ続く>

► 【次ページ】 「魂知和」と書いて「こんちわ」と読む。

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