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イタリア デル・ピエーロが驚嘆を生む。 

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片野道郎

片野道郎Michio Katano

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posted2004/06/17 00:00

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[強豪国のお家事情]イタリア デル・ピエーロが驚嘆を生む。

片野道郎=文

text by Michio Katano

鈴井智彦=写真

photographs by Tomohiko Suzui

 イタリア躍進の鍵を握るのはアレッサンドロ・デル・ピエーロ。そう書くと、首をかしげる向きもあるかもしれない。周知の通り、アズーリの指揮を執るトラパットーニ監督が攻撃の柱と頼むのは、2年前と同様、重戦車クリスティアン・ビエリの得点力と天才フランチェスコ・トッティの創造力だ。デル・ピエーロに求められるのは、2列目左サイドからその2人を文字通り「側面支援」する仕事。主役というよりはむしろ脇役のそれである。

 ワールドカップ後の混迷期を経て、トラップが見出したアズーリの基本形は、ビエリを1トップ、トッティをトップ下に据えた4 2-3-1。イタリアのマスコミは「レアル・マドリー型」と呼んでいるが、実際にはそれほど勇ましい代物ではない。相手ボールの局面になると、前線に1人か2人を残し8、9人がしっかり帰陣する守備意識の高い戦い方には、この国の伝統(と、この監督の信条)がちゃんと反映されている。

それでも、以前と比べればずっと攻撃的だと言い切れる理由は、このシステムの中には、ビエリ、トッティに加えて、デル・ピエーロのためのポジションも用意されている点にある。ユーロ2000でアズーリを率いたゾフ、日韓ワールドカップのトラップはともに、イタリアが世界に誇る3人のアタッカーを同時に起用する勇気を持てなかった。デル・ピエーロがトッティとのポジション争いを強いられ、結果的に多くの時間をベンチで過ごした理由も、まさにそこにあった。しかし現在の4 2- 3-1は、ワールドカップで守備的過ぎると酷評されたトラップが考え方を変え、3人を同時にピッチに送って、持てる攻撃力を最大限に引き出すべく導入したシステムだ。

 デル・ピエーロに用意されたポジションは2列目左サイド。“本来の”ポジションであるセカンドトップと比べると守備の負担が大きく、多少の犠牲を強いられることは確かだ。それでも、外に開いた位置で前を向いてボールを持ち、そこからドリブルやワンツーで中に持ち込んで危険な状況を作り出すという、一番の得意技を繰り出す環境は整っている。

 この新システム採用後、初めて3人が揃ってピッチに立ったのは、昨年8月20日に行われたドイツとの親善試合だった。イタリアは例によって受け身で試合を進めながら、ボールを奪うと最前線のビエリをポストにして、中央のトッティ、左のデル・ピエーロが正確かつスピードに乗ったコンビネーションで攻め込み、前半だけで数度の決定機を生み出す。狭いスペースでの細かいパス交換ではなく、10~15mの速いパスをダイレクトでびしっと繋ぎ一気に局面を展開させる切れ味の鋭さは、この3人ならでは。1得点だけに終わったものの、内容的には非常に満足のいく出来で、マスコミも早速「驚嘆のトリオ」という大仰なニックネームをつけるはしゃぎようだった。

 その後、代表の試合があるたびに3人の誰かが故障しているという状況が続いた。久々に「驚嘆のトリオ」が顔を揃えたのは、今年2月18日のチェコ戦。この時も3人は難易度の高いコンビネーションを何度も成功させて決定機を生み出し、ゴールを決めている。

 ビエリとトッティのコンビは確かに強力だ。彼らふたりを前線に配し、残る8人が引いて守りを固める戦い方でも、数少ないチャンスを生かしてゴールをねじ込み、勝ち進むことは不可能ではないだろう。しかし、数少ないチャンスを生かして得た虎の子の1点をひたすら守り倒すという従来の戦い方の限界は、土壇場で同点に追いつかれ、延長ゴールデンゴールで敗れ去った2つの試合(ユーロ2000の決勝と日韓ワールドカップの韓国戦)がはっきりと示している。

アズーリがこのユーロ2004で優勝を勝ち取るためには、その限界を乗り越えるための何らかのプラスアルファが必要だろう。3人目のFWたるデル・ピエーロの存在こそ、まさにそれなのではないか。

 しかし、実のところ話はそう単純ではない。ユーロ本番を目前にしたアズーリ攻撃陣は、故障明けの選手が多く決していいコンディションにあるとはいえない。その中でも最大の「未知数」がデル・ピエーロなのだ。

 今シーズンは、近年になく低調だった。開幕戦で2得点と好調なスタートを切りながら、すぐに左ふくらはぎに肉離れを起こし、2カ月近い戦線離脱。復帰後も精彩を欠いたプレーが続き、やっと復調の兆しが見え始めたと思ったら、3月に今度は右のふくらはぎを肉離れ。4月末になりやっとピッチに戻ってきたものの、コンディション的にはフィジカル、試合勘ともに、まだ回復途上でしかない。しかも彼には、ユーロ'96 に始まり、フランス'98 、ユーロ2000、そして日韓2002と、代表のビッグイベントでことごとく期待を裏切り続けてきた“前科”がある。

 事実、本大会に向けた最終メンバーの発表を前にして、一部のマスコミからは「デル・ピエーロを招集すべきではない。名前や過去の実績よりも現在のコンディションの方が重要」という声すら上がったほどだ。

 それでもトラップは、当然のようにデル・ピエーロの名を23人のメンバーに加え、その復調に賭ける意思をはっきりと表明している。「驚嘆のトリオ」が見せたパフォーマンスは、それだけの期待と信頼を与えるに足るものだったということだろう。

 5月30日、アズーリはチュニスに遠征し、チュニジアと本番前最後の親善試合を戦った。デル・ピエーロは、予定通り2列目左サイドで先発、立ち上がりから積極的に動き回った。守備の局面ではしっかり自陣に戻って左サイドのスペースを埋め、攻撃に転じると積極的に攻め上がって、ビエリ、トッティとのコンビネーションを模索する。トッティとポジションを入れ替えて中に入り、シュートを放つ場面も何度か見られた。レギュラー組のほとんどが前半のみで退く中、後半30分過ぎまでリズムを落とすことなくプレーし、フィジカル的には十分復調したことを示した。

 しかし、プレーの「量」では合格点とはいえ「質」の面では不満が残ったことも事実だった。サイドで1対1を仕掛けるたびにボールを奪われ、中に入ってフィニッシュに絡んだ時には、絶好の位置からシュートミス。本来の切れ味鋭いプレーを取り戻すためには、まだ時間が必要な印象は否めなかった。

 それでもトラップは「デル・ピエーロは明らかに復調しつつある。彼に対しては、必要としているだけの信頼を与える用意がある」と試合後にコメントし、本番でもレギュラーとして起用することを示唆している。

 ただ、その一方で、デル・ピエーロが期待を裏切った場合の準備も抜かりない。合宿中のミニゲームでは何度か、トッティの控えとして招集したローマの野生児アントニオ・カッサーノを、デル・ピエーロの代わりに左サイドに入れて試す場面があった。このユーロで「秘密兵器」となり得る大きな可能性を感じていることは明らかだ。

 デル・ピエーロにとっては、背後から追い上げるカッサーノの足音を聞きつつ、まだ見出したとはいえない完全復調への鍵を模索する日々が開幕まで、いやおそらく開幕後も続くことになる。もし本来の調子を取り戻すことができれば、ビエリ、トッティを支える脇役の立場にあって、主役を喰う活躍を見せることも不可能ではないだろう。しかし、逆に新鋭にポジションを奪われ、控えに甘んじたまま大会を終える可能性だってないわけではない。そうなれば、アズーリでのキャリアにも、事実上幕が引かれることになるかもしれないのだ。

 デル・ピエーロの運命を占う天秤の両端にはいま、ふたつの両極端なシナリオが載っている。この天秤はどちらに傾くことになるのか。もうすぐ30歳を迎えるファンタジスタの真価が問われる時は近づいている。

(以下、Number604号へ)

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