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シャビ・アロンソを育てた気高きバスク魂。~レアル天才MFのルーツを訪ねる~ 

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小宮良之

小宮良之Yoshiyuki Komiya

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photograph byAgence SHOT

posted2009/11/10 10:30

シャビ・アロンソを育てた気高きバスク魂。~レアル天才MFのルーツを訪ねる~<Number Web> photograph by Agence SHOT

 カカ、C・ロナウドといったスター選手を擁してもなお、レアル・マドリーが獲得にこだわった希代のMFは、いかにしてかの地で才能を開花させたのか。
彼の育ったスペイン・バスク地方の都市サン・セバスチャンをたずねた。

 10月のある土曜日、潮の引いた砂浜では十数人の若者たちがサッカーボールを追うのに夢中だった。

「今のはシュートじゃなくてパスだろ?」

 FCバルセロナのユニフォームを着た青年が味方に文句を垂れる。その表情は真剣そのもの。ゴールは砂山を盛り、ラインは砂をえぐっただけの即席会場だ。そのためシュートは入ろうが入るまいが、ラインを越えたボールは波打ち際へと転がっていく。相手チームの選手が波に押し戻されたボールを拾い早足で戻ると、試合はおもむろに再開した。

 スペイン北部に位置するバスク地方、ギプスコア県サン・セバスチャン市において、ビーチサッカーは伝統のひとつである。

 貝殻を意味する「コンチャ」という名の海岸では2週間に一度、干潮の日曜日に8~11歳の少年チームが各地からバスで訪れ、トーナメントを開催している。10面ものピッチが用意され、11対11の試合が同時に行なわれる。潮が引いたビーチは水を多く含んだ場所とそうでない場所でボールの転がり方が異なるため、体のバランス力を養い、適応力を身につけるのに理想的だという。

 その日、コンチャにいた若者たちは少年時代の習慣を続けていたのだろうか。

コンチャ海岸のビーチサッカーでセンスを培った。

 今季開幕前、スター選手を掻き集めたレアル・マドリーが“最後のピース”として獲得に踏み切ったシャビ・アロンソは、紛れもないコンチャ出身の選手である。

写真

砂浜では大人たちによる本格的なビーチサッカーが行なわれていた

 彼は6歳から11歳までビーチサッカーに親しんでいる。ギプスコアには、「12歳までは少年少女が各種スポーツを選択する自由を与え、学校、ユースの試合活動を禁じる」という条例がある。

 自由という名の制約をしないとほとんどの子どもがサッカーを選んでしまうからで、ギプスコアに本拠を置くレアル・ソシエダ(ラ・レアル)などのクラブは12歳以下のチームを原則的に持つことができない。

 ビーチサッカーはシャビ・アロンソの原点と言える。

強い足腰が放つ鋭いロングキックは「芸術品」。

 今や欧州を代表するMFの最大の武器は、強い足腰から放たれる鋭い弾道のロングキックだ。W杯欧州予選10連勝と無敵の勢いで本大会出場を決めたスペイン代表において、彼はそのキックで異色の存在感を放つ。同じスペイン代表MFでもシャビ、イニエスタ、セスク、セナは中盤で短いパスでの組み立てを得意とするが、彼は長いパスでカウンターの起点となる。

「ロングキックは芸術品。トップスピードで走ってもぴたりとパスが出てくる。彼がいることで流れが変わる」とは代表FWトーレスの証言である。

 ラ・レアルで活躍した後に海を渡ったシャビ・アロンソは、プレミアの強豪リバプールで欧州王者に輝いている。移籍当初こそ英国サッカー特有の激しいフィジカルコンタクトや縦に速いリズムに戸惑ったが、正確かつ強烈なキックを頼りに順応。速く大きな展開を好む土壌にも恵まれ、相手のボールを奪い、素早く敵陣裏にパスを出す得点パターンを確立した。

 王座奪還を狙うマドリーはカカ、C・ロナウドなどを大量補強し、彼と同ポジションにはラサナ・ディアラなど複数の実力者たちがいたにもかかわらず、「どうしてもシャビ・アロンソが必要だ」と激しく“求愛”した。4000万ユーロ(約54億円)の移籍金は安くなかったはずだ。マドリーがそこまで彼に執着したのはなぜか?

<次ページへ続く>

► 【次ページ】 練習が終わってもボールを蹴り続けた少年時代。

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