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グリフィーの600号が持つ
隠れた“意味”。 

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出村義和

出村義和Yoshikazu Demura

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photograph byYukihito Taguchi

posted2008/05/29 00:00

グリフィーの600号が持つ隠れた“意味”。<Number Web> photograph by Yukihito Taguchi

 「このチームには向こう20年、センターはいらない。ヤツはとんでもない大物だ」

 当時就任したばかりのマリナーズの監督、ジム・ラフィーバー(現中国ナショナルチーム監督)は、19歳のケン・グリフィーの動きを見るなり興奮した口調でいった。'89年、スプリングトレーニング初日のことだった。

 その後チームは父親シニアがかつて所属していたレッズに、ポジションはライトに変わったが、グリフィーはメジャー20年目を迎えても依然としてチームの中心選手として活躍を続けている。史上6人目の通算600号にあと3本(5月12日現在)というところまで迫った。

 4月23日の対アストロズ戦で今季4号、通算597号を放ったのを最後に足踏み状態になったが、焦る様子はない。

 「600号というのは意味のある記録ではある。だけど、自分は今まで通り、目の前の試合に集中して勝つことだけを考えている」

 ここまで決して順風満帆だったわけではない。23歳で通算100号を打ったときには、ハンク・アーロンが持つ755本の通算ホームラン記録を破るのは、彼だろうと言われていた。確かに、'00年、レッズに移籍するまでに、その数は398本に達していた。当時、まだ30歳だったから、その頃のペースをキープしていたら、今頃はバリー・ボンズと通算記録を争っていたに違いない。

 しかし、レッズでは故障の連続で、特に'02年から'04年の間に280試合を欠場。その間チームも低迷を続け、9年総額1億1650万ドルという破格の契約を結んでいたこともあり、故郷でもある地元シンシナティでしばしばブーイングの標的にされたのだ。今年39歳と年齢的にみても、ボンズの記録を抜くことはほぼ不可能になった。

 しかし、誇れることがある。メジャーの歴史上、おそらく『ステロイド時代』と位置づけされることになる年代でプレーしながら、一度も薬物違反の噂が出なかったことだ。あのマーク・マグワイアも、サミー・ソーサも、そしてボンズも薬物疑惑にまみれる中、グリフィーだけはクリーンなイメージを保ったのだ。そんなグリフィーによる通算600号は、とても意義深いことだ。

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