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新日の身売りに喝!今あの人がいれば……。 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

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photograph byEssei Hara

posted2005/12/08 00:00

新日の身売りに喝!今あの人がいれば……。<Number Web> photograph by Essei Hara

 業界の盟主、新日本プロレスがゲームソフト会社ユークス(大阪府堺市)の子会社となった。

 創業者であるアントニオ猪木が、11月30日付で発行済み株式の51.5%をユークス側に売却するというもので、関係者の間では10・8東京ドーム大会頃から噂になっていた新日本の身売り話だった。

 '02年の創立30周年記念パーティーの席で「年商50億円達成、自社ビル建設」とスローガンを掲げてから僅か3年である。「あきれた」としか言い様がない。来春1月4日の東京ドーム大会以後、ドーム興行撤退の表明がより虚しく響く。

 11月16日付の東京スポーツにみる猪木のインタビュー記事によれば、「すべてはオレの責任……」としながらも、「健全な経営に戻して軸足を固めればいい」というコメントがあった。日本プロレス時代から猪木の言動を知る者には、実入りが少なくなったから投げ出した、としか映らない。開いた口が塞がらない。

 こうした事態はある程度予測できた。'99年、猪木直系の藤波辰爾が社長に就任し、興行成績が上がっているうちはよかったが、不振に陥れば首のすげ替え。'02年1月、人気の武藤敬司が猪木の闘魂パフォーマンスを「1、2、3、300万だあ!」と揶揄して退団し、全日本に移ったことがまだ記憶に新しい。'04年に猪木のお声がかりで草間政一氏が社長に就いたが、体制が変わっても新役員から創業者に異を唱える者はいなかった。傀儡が続けば歪みは悪循環し、結果など出るわけがない。今年6月の娘婿サイモン・ケリー猪木氏の社長登用に至っては、くるところまできたなという状態であった。

 自身はニューヨークに住み、遠いところから“号令”を発し、ましてや金を出さぬオーナーでは、ガタガタにもなる。

 また今年3月、坂口征二CEOが相談役となり、経営の第一線から退いたことも団体の私物化に拍車をかけた。振り返ってみれば、「猪木、いい加減にしろよ!」と身近でその節操のなさをたしなめられたのは故ジャイアント馬場だけだったのかも知れない。

 燃える闘魂に憧れ、新日本に入った若い選手の夢だけは潰さないでほしい。親会社のユークスが「白馬の騎士」になりえるのか、1・4東京ドーム大会以降の興行を見守っていきたい。

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