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<プロレス取材51年の記者が語る>
門馬忠雄 「変わりゆく新日の匂い」 

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Number編集部

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photograph byTadao Monma

posted2015/08/15 10:30

<プロレス取材51年の記者が語る>門馬忠雄 「変わりゆく新日の匂い」<Number Web> photograph by Tadao Monma

中西学が2009年、初めてIWGPヘビー級王者に輝いた頃の記念の1枚。バルセロナ五輪にも出場した逸材だが、生粋の新日育ちでは史上最年長での戴冠だった。

後楽園ホールがオープンした年に記者を始め、
プロレスを追いかけ続けてはや半世紀。
業界の名物記者がつれづれなるままに語る、
新日本プロレスの「これまで」と「これから」。

Number882号「新日本プロレス、No.1宣言」より、特別に全文公開します!

 新日本プロレス、僕は好きじゃないんだ。

 これ、はっきり言っとくよ。

 でも、プロレス記者人生51年、僕は誰よりもアントニオ猪木を取材してきたし、まだテレビ放映がなかった厳しい時代も、ずっとそばで見てたからね。坂口征二が副社長の時代にはパンフレットの原稿だって書いてる。人間的には好きなレスラーもいる。学ちゃん(中西学)、いいよね。Numberが最後にプロレス特集をやったのは'01年、学ちゃんが表紙の時だったっけ。橋本真也も、そばに行くと「オヤジ、何しに来た!」って睨んだあとニッコリして、憎めない奴だった。入団したての19歳のころ、初対面なのに「僕、中京スポーツで門馬さんの記事読んでます!」っていきなり話しかけてきやがった。「じゃあ、スケベなのも読んでるだろ!」「はい、大好きです!」って(笑)。度胸あるな、こいつモノになるな、と思ったね。今年が十周忌か。惜しかったね……。

 橋本よりもずっと前、まだ選手が電車移動だったころは、藤波辰巳(現・辰爾)や藤原喜明、木戸修、当時の若手と同じ普通車に乗って移動してた。一緒に弁当やアイスを食べてね。だから、あいつらの“へ”の匂いだってわかるよ(笑)。木戸はリングの上でも下でもいい奴だよ。そうそう、飯塚高史だって、今はあんな凶暴な風体だけど、最初は銀行員みたいに真面目でねえ。

猪木、長州、橋本……今の時代へと貫かれている形。

 ……じゃあ、なんで嫌いなのかって? それはね、新日の選手はみんな「オレは強い」ってすぐ吠えるから、なんだかクサいんだよね。その点全日本プロレスの選手は、ジャイアント馬場はもちろんジャンボ鶴田にしても、さりげなく強かった。自分からアピールしなくても、見てれば強い奴はわかる。もちろん猪木はレスラーとしては日本であれ以上の人はいないし、「オレは馬場より強い!」とアピールしなきゃ生き残れなかった。だから異種格闘技戦をはじめ仕掛けていったわけで、しょうがないところもあるんだけど、とにかくクサい。

 その猪木の作った新日のスタイルに、長州力が現場監督だったころの厳しさ、さらには橋本の「ぶっ壊すまでやる」要素も加わって、今の時代まで形を変えながらも貫かれている。そう思うな。

【次ページ】 真壁刀義には昔のプロレスラーの匂いを感じるよ。

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