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<ハンデを超えた高専球児> 都城高専・池田怜磨 「右手のないエースで四番」 

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日比野恭三

日比野恭三Kyozo Hibino

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photograph byHideki Sugiyama

posted2014/08/13 11:00

<ハンデを超えた高専球児> 都城高専・池田怜磨 「右手のないエースで四番」<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama
右手全指欠損という障害を抱えながら、投打の軸として活躍する球児がいる。
弱小の高専野球部を支える背番号1は、春の大会ではホームランも放った。
独自の野球術を体得するまでの過程、そして“最後の夏”の挑戦を追った。

 今年3月25日付の宮崎日日新聞は、運動面のベタ記事でこう報じている。

「高校野球の第134回九州大会(春季大会)県予選第4日は(中略)2回戦6試合が行われ、シード校3校が登場。このうち第3シードの都城商が敗れる波乱があった。

 都城商は八回に同点としたが、九回に失策から決勝点を許し、都城高専に2-3と競り負けた。都城高専の先発池田怜磨は11三振を奪い、四回に先制の2点本塁打を放つなど投打に活躍した」

 この程度の番狂わせなら高校野球の世界では日常茶飯事だ。しかし、ここに書かれていないひとつの事実を知った時、記事が伝える「波乱」の重みは一変する。

 都城高専の池田怜磨は、生まれつき右手がない――。

130km台中盤の直球に、片手だけでアーチを描いた打撃。

 投手としてはもちろん左腕。直球は最速で130km台中盤に達する。奪った「11三振」が球威の証だ。

 打席では左を「引き手」として使う右打者。引き伸ばしたアンダーシャツの右の袖口をグリップにぐるぐると巻きつけ、最後は左手で一緒に握りこんで固定する。バットを構えた姿は通常の右打者と変わらないが、実際には右は添えているだけだ。件の一戦では、福岡ソフトバンクホークスのキャンプ地としても使われる両翼100mのアイビースタジアム左翼席中段に放りこんだ。公式戦では初、練習試合も含めれば3本目の本塁打だった。

 手技の巧みさと腕力が求められる野球において、片手しか使えないことは言うまでもなく大きなハンデとなる。にもかかわらず、波乱の主役となった池田とはどんな選手なのか。

 5月某日、曇天の都城は蒸していた。盆地の街を貫く国道から折れてすぐ、いかにも先端の研究所らしい施設が並ぶ敷地内へ。校舎裏手にあるグラウンドに歩み寄ると、野球部員の「全員立ち止まって一礼」に迎えられた。

 ところが、甲子園出場の経験もある強豪校を撃破したチームにしては迫力がない。選手たちの体格はお世辞にも立派とは言えず、ノックでも単純なミスが目についた。

 一塁手が首を捻りながら、他の選手と会話している声が耳に入った。

「日南学園はこうやっちょったよね」

 投手からの牽制球を捕球する際の足の位置を確認していたのだ。そうした光景は微笑ましくさえあった。

【次ページ】 弱小とはいえ「エースで四番」を務めるほどの存在感。

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