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殿堂入り候補者となった
野茂英雄の輝かしい功績。
~日米球界を変えたトルネード~ 

text by

四竈衛

四竈衛Mamoru Shikama

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photograph byKYODO

posted2013/12/16 06:00

殿堂入り候補者となった野茂英雄の輝かしい功績。~日米球界を変えたトルネード~<Number Web> photograph by KYODO

今年の夏には、背番号16のユニフォームを身に着け、古巣ドジャースの始球式に登場した。

 日本人メジャーのパイオニアと呼ばれる「ヒデオ・ノモ」の名前が、久しぶりに米球界で聞こえてきた。1995年に米国へ渡り、いきなり新人王、奪三振王などのタイトルを獲得した野茂英雄氏(当時ドジャース)が11月26日、日本人として初めてMLBの殿堂入り候補者に選ばれたのだ。

 米国の殿堂は、全米野球記者協会(BBWAA)に10年以上所属する記者の投票によって選出されるもので、75%の得票が必要とされる。対象とされるのは、メジャーで10年以上プレーし、引退から5年以上が経過した元選手で、今年の候補者は36人。野茂氏のほか、通算355勝のグレッグ・マダックス、同305勝のトム・グラビン(いずれもブレーブス)ら実力者が名前を連ねており、現実的には同123勝の野茂氏が選出される可能性は低いと言わざるを得ない。

日米両国に与えた影響力は、数字だけでは測れない。

 だが、野茂氏が残した功績は、数字だけでは測れない。今でこそ、メジャーを目指して太平洋を渡ることが日常化したものの、野茂氏が挑戦した当時は、その意志を表明すること自体が異例どころか、異端児として扱われた。球界関係者、マスコミだけでなく、ファンからも批判の声を浴びながら、それらをすべて受け止め、未知の世界へ飛び込んだ。結果は、全米中に「ノモ・マニア」と言われた熱狂的ファンができるほど強烈なインパクトを残しただけでなく、日本のファンにとってメジャーの野球を身近なものに感じさせる役割を果たした。

 野茂氏の活躍により、その背中を追うかのように、その後は数多くの日本人選手が米国に渡り、今ではメジャー経験者が指導する時代となった。かつてのように一方的な「アメリカ信奉」ではなく、米国と日本の長所をミックスさせた戦術やトレーニング方法が考えられるようになった。投手の球数や連投制限などの意識改革が進んだこともあり、選手寿命を伸ばす地盤も固まり始めた。

 米球界では日本との合算記録を対象としない傾向が根強く、しかも実力者が揃った今年は得票が割れると予想されており、日米通算201勝の野茂氏が来年の殿堂入り候補者資格を満たす5%を獲得できない可能性もある。それでも、日米両国球界を動かした野茂氏の歩みが、色あせることはない。

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