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“有言実行”で殿堂入り。
ペイトンが次に望むもの。
~NBAを沸かせた口達者の夢~ 

text by

宮地陽子

宮地陽子Yoko Miyaji

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photograph byGetty Images

posted2013/10/02 06:00

“有言実行”で殿堂入り。ペイトンが次に望むもの。~NBAを沸かせた口達者の夢~<Number Web> photograph by Getty Images

 ゲイリー・ペイトンは、昔から口では誰にも負けなかった。それは、引退から6年がたった今も変わらない。

 9月8日、バスケットボール殿堂入りした彼は、式典のスピーチで言った。

「自分こそが、リーグ史上最強のトラッシュトーカーだった。そして、口にしたことはいつも実践していた」

 単なる大口叩きではなく、結果も出してきた、というわけだ。確かに、だからこその殿堂入りである。

「現役の頃からこの日を夢みていた。確実なこととは思っていなかった。ま、可能性はかなり高いと思っていたけれど」

 と、ペイトン節は健在だ。

 そんな彼が、珍しく自信を失くしていた時期があった。プロ1年目のことだ。'90年ドラフトでシアトル・スーパーソニックスに1巡目2位で指名されるも、当時のヘッドコーチに信頼されず、思っていたようなプレーができずに悩んでいた。

「あの頃は『自分はここで何をしているんだろうか。こんなことをしたいわけじゃない』と悩んでいた。引退することすら考えていた」と振り返る。

チームの再招致に動くシアトルに「20」は掲げられるのか?

 結局、翌シーズン途中でコーチ交代となり、その後ペイトンは才能を開花。'03年にトレードになるまで12年半ソニックスを率いて活躍した。オールスターに9回選ばれ、スティール王を取り、最優秀ディフェンス賞を受賞した。現役終盤は4チームを渡り歩いたが、最後に在籍したマイアミ・ヒートでNBA優勝を果たした。米代表としてアトランタ五輪とシドニー五輪で金メダルも獲得している。

 多くを成し遂げてきたペイトンだが、あとひとつ、叶っていないことがある。背番号の永久欠番だ。何しろ、ペイトンがキャリアの大半を過ごしたスーパーソニックス自体が今は存在しないのだ。'08年にオクラホマシティに移転したチームは、サンダーと改名し、新しい歴史を刻み始めている。

 シアトルは現在、再びNBAチームを招致しようと動き始め、ペイトンも活動に協力している。今年春にはサクラメント・キングスがシアトルに移転する案もあったが、オーナー会議で否決された。

「シアトルの人たちはずっと僕を応援してくれた」とペイトンは言う。「いつか、シアトルの街で、天井から20番のユニフォームを掲げる日がきたら最高だ」

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