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吉田沙保里、V10の陰に
母の支えと「永餅」あり。
~レスリング世界記録に挑む~ 

text by

横森綾

横森綾Aya Yokomori

PROFILE

photograph byAFLO

posted2010/10/13 06:00

決勝戦、'09年世界選手権59kg級の覇者であるユリア・ラトケビッチを相手に2-0と圧勝

決勝戦、'09年世界選手権59kg級の覇者であるユリア・ラトケビッチを相手に2-0と圧勝

 9月9日、ロシアで開催されたレスリング世界選手権で女子55kg級を制した吉田沙保里は、「優勝してみたら、気持ちいいですね」と意外そうに感激を言葉にした。実際に体験しなければ言葉にしない、吉田らしい世界大会10連覇への感想だった。そして「でも、完璧とはほど遠い。これからも、攻める気持ちを忘れずにいきます」と試合を振り返った。

 今回も吉田を現地で見守っていた母の幸代さんは、娘に「さおちゃん、おめでとう」といつもと同じ言葉をかけた。一歩一歩、夢に向かっていく娘には、もっともふさわしいと思ったからだ。

 最強と呼ばれたカレリンの世界大会12連覇超えが現実的になり、いまや吉田は世界中から注目を浴びる存在だ。そんな吉田の試合を、母は「楽しみでもあるけれど、早く終わってほしい」と指が白くなるほど両手を握りしめながら、見つめていた。勝つと信じていても、試合では、緊張で息が詰まりそうになるという。

レスリング漬けだった生活を変え始めた吉田。

 この夏は、自宅がある三重県伊勢市から車で2時間ほど、愛知県大府市にある娘の家へ、ほぼ週末ごとに泊まりに行った。時間に余裕ができたこともあるが、最近ゴルフを始めるなど、レスリング漬けだった生活を変え始めた娘が気がかりでもあった。気分転換になればと、吉田がかわいがっている小さな姪たちを連れていったりもした。

 泊まりに行けば、いびきがうるさいと文句を言いつつも「寂しいやんか」と吉田は母と布団を並べたがった。結婚したら、こんなに何度も来られないよと話すと「なんで?」と真顔で問うのだという。

ロシアでも永餅を試合前に食し世界一に。

 大会直前、現地入りした吉田は、子どもの頃から試合前に必ず食べる伊勢の名物、永餅を母に電話でねだった。吉田に永餅を手渡したとき「試合前に食べきりそう」というふだん通りの様子に、母は少しだけ安心した。

 そして、成功率が100%近いタックルで立て続けに攻め、得点を重ね、地元選手を応援する観客がため息をつくほどの差を見せつけた。決勝まで無失点で圧勝し、吉田は世界一の座に着いた。

「自分の子どもというだけの存在ではなくなり、大人になったなと思うことも増えました。でも、まだまだ、おぼこい、子どもっぽい甘えん坊ですよ」と母はいとおしそうに表情をゆるめた。

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