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3度目の正直で悲願達成。
山井大介を支えた“強気”。
~ノーヒッターとなった苦労人~ 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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photograph byKYODO

posted2013/07/14 08:00

3度目の正直で悲願達成。山井大介を支えた“強気”。~ノーヒッターとなった苦労人~<Number Web> photograph by KYODO

「一気に気持ちがはじけた感じがした」と、最後のバッターを仕留めた瞬間を振り返った。

 苦労人の山井大介が、史上77人目のノーヒットノーランを達成した。佐藤義則や渡辺久信、杉内俊哉らに続いて、快挙に立ち会えたのは6人目。山井は過去に2度、“8回までノーヒット”から記録を逃しているだけに今回の達成は喜びもひとしおだろう。

「球そのものは一級品。低めに集めているうちは一流の投手」

 昨年まで中日の投手コーチを務めた権藤博は山井を高く評価して中継ぎ、抑えで重用していた。昨季の15セーブという結果が認められ、WBC代表候補となり、2月の宮崎合宿に参加。このときは調子を掴めぬまま落選の憂き目にあった。宮崎から中日のキャンプ地・沖縄に戻る飛行機で偶然近くに乗り合わせたとき、こう語っていた。

「僕は不器用なタイプですから、そんな簡単に結果は出せない。でもボールが合わなかったとは死んでも言いたくない」

 強気な姿勢を崩さなかったが、開幕後は二軍落ちも経験した。転機となったのは5月の先発転向だった。5月29日のロッテ戦で1年振りの先発のマウンドへ。5回を被安打4、2失点に抑えると「きれいなマウンドは気持ちいい。最低の最低の仕事は出来た」と胸をなでおろした。その後も登板した試合ではゲームを作り、先発としての責任を果たし続けた。

'07年日本シリーズでの降板など、苦い思い出を振り払って。

 そして5度目の先発となった6月28日のDeNA戦。9-0とリードし、ノーヒットのまま迎えた9回裏2死。“最後の打者”内村賢介を前に、山井の頭には苦い思い出が頭をよぎったかもしれない。

 '07年の日本シリーズ第5戦では、8回までパーフェクトピッチングをしながら、マメがつぶれたことを理由に自ら降板を申し出ている。'10年8月18日の巨人戦でも9回、坂本勇人に本塁打を打たれ、記録達成ならず。「もう大記録に縁がないのかもしれない」とさえ考えていた男は、3度目のチャンスを見事にものにした。「最後まで行けてよかった」という試合後の安堵の言葉が印象的だった。

 首位巨人に大きく離される苦しいシーズン。高木守道監督は「これで風向きが変わるかな」と喜んだ。登板翌日、降板を申し出なくて良かったね、と話しかけると、「マメはつぶれてませんからね」と力強い答えが返ってきた。後半戦の逆襲に向けて、頼れる男の存在感は大きい。

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