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<激闘の記憶を辿って> 日本代表「欧州遠征史」~サンドニの悲劇、チェコの歓喜、オランダの屈辱~ 

text by

戸塚啓

戸塚啓Kei Totsuka

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photograph byNaoya Sanuki

posted2012/11/01 06:01

<激闘の記憶を辿って> 日本代表「欧州遠征史」~サンドニの悲劇、チェコの歓喜、オランダの屈辱~<Number Web> photograph by Naoya Sanuki
W杯への道の途上で重ねてきた、欧州の強豪国とのテストマッチ。
実力の差に愕然とした敗戦もあれば、チームに団結を生んだ勝利もあった。
日本代表は、遠く離れた敵地での戦いを通して、
何をつかみ、未来への糧としてきたのか。
“世界”を体感した当事者たちの証言とともに、苦闘の軌跡を振り返る。

 のしかかるような鈍色の空が、パリ郊外のサンドニを覆っていた。ただでさえ湿りがちなピッチを、激しい雨が打ち叩いている。2001年3月24日のスタッド・ド・フランスは、午前中から雨に見舞われていた。

 ピッチコンディションの確認に出てきた選手たちの顔に、肩に、雨粒が吹きつける。誰に語りかけるでもなく、森岡隆三は声をあげた。

「すごいな、これっ。サッカーになんのかな」

「これだけ水浸しだと、フランスもボールを回せないだろ」(松田)

 アップシューズで緩い芝生を踏みしめるたびに、水たまりを蹴っているようだった。森岡とともにフラット3を形成する松田直樹が、乾いた声で応じた。

「ホントだな。これだけ水浸しだと、フランスもボールを回せないだろ」

 ロッカールームへ戻った森岡は、Jリーグではあまり使わない取り替え式のスパイクを取り出し、いつも以上に長いアルミのポイントを用意した。固定式に比べて足元に重さを感じるが、森岡は「でも、滑るよりはいいよな」と呟く。チームメイトも彼に同調した。

 2000年6月にモロッコで行なわれたハッサン2世杯で、日本は世界王者フランスと2対2のドローを演じている。直後のEURO2000で欧州の頂点に君臨する世界のトップ・オブ・トップと引き分けた自信は、シドニー五輪8強とアジアカップ制覇へつながっていった。

 それだけに、試合前日の取材エリアには、不安ではなく期待が渦巻いていた。「あのときのフランスが流していたといっても、引き分けは引き分けでしょ」と松田はうっすらと笑みを浮かべ、フラット3の左サイドを担う服部年宏も「尊敬できる相手だけど、弱気にはならない。こういう場面になったらこうしよう、という守備の約束事も増えているから」と艶のある低音で答えている。

期待が渦巻く雰囲気の中、違和感を覚えていたのは名波だった。

 警戒するような声色で話したのは、ボランチの名波浩である。スタメン最年長の28歳は、
10カ月前のドローに違和感を覚えていた。

「ジダンやアンリといった攻撃陣のクオリティが高いのは当然だけど、フランスの強さは守備の組織にあるというのが自分の考えだった。最終ラインのスライドが、物凄く早くて正確なんだ。優勝したフランスW杯からメンバーが変わっても、それができていた。けど、モロッコでの日本戦は守備の連動がまったくなかった。完全に調整だな、遊びだなという感じだった」

【次ページ】 「実はすごく大きかった」自分たちへの不安とは?

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