SCORE CARDBACK NUMBER

たとえ地味でも無名でも。
これが新K-1の生きる道。
~初の日本大会で示した指針~ 

text by

布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

PROFILE

photograph bySusumu Nagao

posted2012/10/30 06:00

たとえ地味でも無名でも。これが新K-1の生きる道。~初の日本大会で示した指針~<Number Web> photograph by Susumu Nagao

「これがK-1?」。かつて格闘技専門誌で働いていた知人は新K-1初の日本大会(10月14日・東京)を見て目を疑ったという。無理もない。彼が取材していた旧K-1と比べたら、何から何まで趣を異にする大会だったからだ。

 リングサイドに名のあるタレントが勢ぞろいしているわけでもなければ、豪華な大会パンフが販売されているわけでもない。唯一K-1らしい豪華な入場ゲートは用意されていたが、かつてのK-1が漂わせていたゴージャスな異空間というべきムードは漂っていなかった。

 今大会の目玉はK-1のトレードマークであるヘビー級GP開幕戦だった。しかしながら、一般大衆にも響く名前を持つ選手といえば、メインイベントに出場したミルコ・クロコップ程度。前座に出場した選手に至っては、格闘技専門誌の記者ですら知らない無名ばかりだった。

 もっとも、新K-1が打ち出した「既存のスターに頼らず、自分たちの手で新たなスターを作っていく」という方針に則れば、それは大した問題ではあるまい。実際、無名でもまた見てみたいと思わせる選手は複数いた。

階級制スポーツとしての地位確立へ、魔裟斗は「3年で建て直す」。

 観客席から一番大きなどよめきが起こったのは、24戦全勝という触れ込みのランディ・ブレイクから、ミルコが不意をつかれる形でダウンを奪われた瞬間だった。とはいえ、その前にミルコはダウンを奪ったうえに試合の流れを完全に掴んでいたため、ジャッジはミルコの勝利を支持した。全身から殺気を漂わせていた全盛期と比べたら見る影もない。それでも、キャリアに裏打ちされた大ベテランの底力は、期待のニューカマーを退けた。

 極端に実力差のあるマッチメークがなかったことも好感が持てた。体重やキャリアの差など当たり前だった旧K-1のモンスター路線はテレビの視聴率獲得には一役買う一方、スポーツ化という部分ではマイナスにしかならなかったからだ。

 旧K-1の負の遺産を払拭して、いかに階級制スポーツとしての新たな地位を確立させるか。マイナスからの再スタートながら、新K-1のエグゼクティブプロデューサーに就任した魔裟斗は「3年で建て直す」と宣言した。選手として一時代を築き上げた男は選手も組織も促成栽培できないことを知っている。

 これも、K-1なのである。

関連コラム

関連キーワード
ミルコ・クロコップ
K-1

ページトップ