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<最終ラインのキーマン> なぜ今野泰幸はザックに重宝されるのか。 

text by

二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

PROFILE

photograph byTsutomu Kishimoto

posted2012/04/02 06:00

数多くの代表選手の中で、唯一の存在である。
ザックジャパン発足後、全てのAマッチに先発。
不動のセンターバックとしてチームを支える。
これほど指揮官の“寵愛”を受けるのはなぜか。
本人の回想をもとに、その要因を探る。

 記者席が軽くざわついた。

 2月24日、アイスランドを大阪長居スタジアムに迎えた親善試合。残り10分を切ったところで交代ボードに「15」がともった。

 今野泰幸が駆け足でタッチラインに向かう。アルベルト・ザッケローニが監督に就任して以降、続いていたAマッチ連続フル出場は17で止まった。

「今野は他のディフェンダーにはない特長を持っている。でもこのチームは彼を欠いても機能するまでに成長したということ。夜はぐっすり眠れるよ」

 指揮官は試合後の会見で交代の理由に言及した。裏を返せば、“今野の存在がいかに重要か”を強調しているようなものだった。

 ザッケローニの目指すサッカーになぜ、今野が欠かせないのか。

 ポゼッションで押し込むには高いディフェンスラインの設定が大前提だ。そのためセンターバックには背後のスペースに対するリスクマネジメント、走り負けないスピード、人に対する強さ、カバーリング能力が求められる。今野はその条件をすべて満たしている。

 これにプラスして今野にはボール奪取能力という最大の持ち味がある。高いライン設定でボールを奪うことができれば、転じてチャンスとなる。ビルドアップに長け、攻撃センスもある。押し込んでいけば、彼の良さも活きてくるというわけだ。

 守備も攻撃も全部高いレベルに到達してほしいという欲張りな要求。

 ザッケローニの「理想の人」は苦悩しながら、その期待に必死に応えようとしている。

ベトナム戦後、報道陣の前で思わず吐露した苦しみ。

Yasuyuki Konno
1983年1月25日、宮城県生まれ。東北高卒業後、'01年札幌入団。'04年、FC東京へ移籍し、同年のアテネ五輪に出場。'05年8月、東アジア選手権の中国戦でA代表デビュー。'10年南アW杯ではデンマーク戦に途中出場。'11年、アジア杯の全試合にフル出場し優勝に貢献。'12年、G大阪へ移籍。178cm、73kg。            

 俺、もがいていますよ――。

 昨年10月、神戸で行なわれたベトナム戦の後だった。無失点で勝利したのにもかかわらず、今野の表情は冴えなかった。報道陣の前で思わず苦しみを吐露する姿があった。

 ゼロで抑えただけではもはや満足できない。膠着した状態を後方から変えられなかったことを悔やんでいた。後半早々、ビルドアップの際にパスの出しどころがなく、不用意にボールを奪われてカウンターを食らったシーンが迷いを象徴していた。

 あれから5カ月。ガンバ大阪の真新しいジャージに身を包んだ今野は記憶を呼び戻すように大きく息を吸い込んだ。

「あの試合はチーム全体が良くなかったとはいっても、ビルドアップのときにうまくボールを前に進められなかった。僕が持ってもほぼ横パス、バックパスだったから……。

 監督の要求に応えられなかったので、やっぱり気持ちは落ちてしまっていた。要求するレベルに達していないもどかしさというか。でも(監督から)求められなかったら終わりだし、僕なら出来ると思って高い要求を出してくれているんだとは思うんです」

<次ページへ続く>

【次ページ】 ザックが加えたリーダーシップという新たな要求。

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